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2015年7月 8日 (水)

「第四百七十三話」

 私は、掃除をした。家中の床をピカピカにした。ピカピカにした床に、こうして泥を撒き散らすと、今までピカピカだった床が泥まみれに汚れた。これは、大発見だ。

第四百七十三話
齢74の大発見」

 私は早速この大発見を妻に報告した。すると妻は、すっとんきょうな顔をしていた。すっとんきょうな顔で私に言った。
「アナタ、大丈夫?」
私は、大丈夫だ。私は大丈夫だったが、妻が大丈夫ではない。私はこれ以上、妻のすっとんきょうな顔を見ているのが辛かった。
「ア、アナタ?」
だから、妻の首を絞めた。だから、妻の首を絞めて殺した。妻の死に顔は、苦しみにもだえていた。だが、あのすっとんきょうな顔よりかはいい。そして、人は首を絞め続けると死ぬと言う大発見も得た。

 私は、サックスを吹いた。どれぐらいの時間、サックスを吹いただろうか?とにかく私は、サックスを吹いた。妻に捧げるレクイエムと言ったら格好がいいが、こんなにも激しく体をくねらせながらのレクイエムがあるだろうか?そうだ。こんな激しく体をくねらせながらサックスを吹いている場合ではない。私は妻を殺してしまったのだ。もう一曲吹いたら最寄りの警察へ行こう。

 なんて事だ。妻を殺したと言う事実を告げても刑事は顔色一つ変えない。これがこの国の現状なのだろうか?そんなにも殺人は日常茶飯事なのだろうか?私は憂いた。この大発見を心底憂いた。吹きたい。今すぐにでもサックスを吹きたい。この心情を刑事に話してみるが、お門違いの一点張りだった。

 
私は、てっきり刑務所に入るものだと思っていた。しかし、世の中それほど自分が思った通りに事が運ばないものだ。私は病院に入れられた。どうも精神が通常ではないと判断されたようだ。物心ついた時から何かと病人扱いには慣れていたが、これで最後にして欲しいものだ。白い部屋、白いベッド、白い服、白い床に白い天井、そして外側から鍵が掛けられている白いドア。自由は無いが、不自由でもない。妻はいないが、一人ではない。

朝が来て夜が来る。

それだけで十分だった。ある朝、隣の部屋の大きな独り言で寝不足の窓の向こうで小鳥が囀る朝。私は顔を洗い鏡に映る自分を見て、私も随分と老けたものだな、と大発見をした。

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