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2015年7月15日 (水)

「第四百七十四話」

 暗い。ここは?波の音?海か?夜の海か?いや、緑の香り。葉の風になびく音か。ここは、森か?夜の森か?
「迷ったのか?人間。」
目を開けると俺の目の前には、大きな熊のような岩の怪物がいた。
「ああ、怪物。どうやら森で迷ったみたいだ。」
「グェッグェッグェッ!それで居眠りとは、人間。不用心にも程があるな。」
「今は夜か?」
「いいや、真っ昼間だ。」
「まるで夜だ。」
「この森に光の時間感覚は存在しない。」
「そうか。」
「何だ、人間。記憶を失ったか?」
「そうみたいだな。そのうち思い出すだろう。」
「それは可哀想に。」
「可哀想?記憶を思い出すのがか?」
「そうだ、人間。」
「どうしてだ?」
「グェッグェッグェッ!面白いな、人間!記憶を失った人間がこんなに面白いとは思わなかったぞ、人間!」
「怪物に楽しんでもらえて記憶を失った甲斐があったよ。」
「俺様が村の伝承でなんて呼ばれてるか知らないのか?」
「さあ?」
「岩熊だ、人間。」
「まんまだな。」
「どうやら人間は、見た目で名前を付けるのが好きらしい。」
「ああ、思い当たるよ。それで?俺を喰うのか?」
「残念ながら、人間。この森で迷い、俺様と出会ったら、そう言う運命だ!」
「そうか。」
「俺様を見て、生き延びた人間は存在しない。」
「だったら一思いに苦しまずに頭から喰ってくれ。」
「グェッグェッグェッ!ああ、喰ってやるとも!だが、人間。俺様は、まだ人間を喰わない。」
「腹が一杯なのか?」
「昔だったらそうかもしれないが、久しぶりの人間だ!口の中はよだれで一杯だ!」
「なら、なぜだ?」
「記憶を失った人間が面白いからだ。もう少し会話を楽しんでからでもいいと思ったからだ、人間。」
「俺にしてみたら、地獄だな。」
「グェッグェッグェッ!そうだな!」
「で、俺とどんなお話がしたいんだ?」
「人間、村の人間ではないな?どこから来た?」
「記憶を失ってる人間にする質問か?」
「グェッグェッグェッ!それもそうだな!なら、人間。居なくなって悲しむ家族は居るか?」
「家族?さあ?見たところ結婚指輪はしてないようだから、家族は居ないんじゃないのか?両親や兄弟や友人の存在は分からないな。結婚を約束してる女性がいるかもしれないな。」
「本当に何も分からないんだな、人間。」
「ああ、何も分からないからこうして怪物と世間話が出来るんだろ?」
「グェッグェッグェッ!それもそうだな!だが、記憶を失ったからと言って、恐怖心までも失った訳ではないだろ?俺様が恐くないのか?」
「ああ、それが不思議と恐くはない。」
「グェッグェッグェッ!そうかそうか!ますます面白いな、人間!ん?」
「どうした?」
「何か光ったぞ?」
「光った?」
「人間の首の後ろだ。」
「首の後ろ?ん?何かある。」
「何だ?見せてみろ、人間!また面白いモノかもしれないぞ!」
「いや待て、首の後ろに付いてるんじゃなくて、何か埋め込まれてる!?」
「何だと?よし、人間。俺様が取ってやろう。」
「お、おい待て!待て待て待て!」
「大騒ぎするな、人間。安心しろ。首の骨を折ったりはしない。ちょっと痛いが我慢しろ、人間。」
「お、おい!心の準備が!?っ痛!!」
「ん?これは何だ?」
「小型のGPSか?」
「何だ、それは?」
「俺の居場所が分かるモノだ。」
「おい、人間。まさか、宇宙人に埋め込まれたのか?だから、記憶を失った状態で森にいたのか?」
「その話が全て真実なら、かなりの大スペクタクルな体験を俺はしてる事になるな。宇宙人と怪物、次は魔法使いか?」
「グェッグェッグェッ!人間、それはない!次はない!人間は、ここで俺様に喰われるからな!」
「そうだったな。」
「宇宙人にまた連れ去られる前に、そろそろ喰うか!」
「だったら、その前に俺にも質問させてくれ。」
「冥土の土産か?」
「そうだな。」
「何が聞きたい。」
「こんな話を知ってるか?小さな子供が夜遅くまで起きてると親はどうするか?」
「なぞなぞか?賞品は人間一年分か?」
「どうすると思う。」
「そうだな?そんな悪い子は、頭から喰う!グェッグェッグェッ!」
「ハズレだ、怪物。」
「正解は何だ?」
「夜遅くまで起きてると怪物が山から降りて来て、悪い子を喰い殺すって言うんだ。」
「おいおいおい、人間!正解ではないか!」
「いや、正解じゃない。正解は、そう言う作り話をする、だ。」
「作り話?」
「伝承の始まりってのはな、怪物。大概、こんなもんなのさ。」
「何が言いたい?」
「分からないのか?」
「分からないな!面白くないぞ、人間!」
「つまりは、怪物。そもそも岩熊なんて怪物も作り話って事だ。」
「何だと!?人間!何者だ!」
「首に埋め込まれたGPSを取ってくれなかったら、今頃俺も伝承に喰い殺されてたとこだ。」
「何を言ってる、人間!」
「埋め込まれた、いや正確には俺が埋め込んだGPSには二つの意味がある。一つは後で助手が俺を回収する為、もう一つは記憶を取り戻すきっかけ。」
「記憶が戻ったのか、人間!?」
「子供騙しは年月を置いて伝承になる。いつの間にか森で迷うと岩熊に喰われる、みたいにな。難しく、形を変え、大きくなって伝承される。」
「俺様を騙そうって魂胆か、人間。俺様を騙して逃げようって魂胆か、人間!」
「いいや、俺は逃げない。わざわざ記憶を失ってまで伝承に忠実な状況を作り出して岩熊に出会えたんだからな。今さら鹿の干し肉もないだろ?俺はな、怪物。退治しに来たんだよ。」
「グェッグェッグェッ!非力な人間が何を悪あがきに何を言うかと思ったら!グェッグェッグェッ!面白い!面白過ぎて面白くないぞ!人間!時間切れだ!さあ、ランチタイムだ、人間!」
「怪物、残念ながら俺を喰う事は叶わない。伝承の正体を告げた時点で、伝承は伝承をなさない。間もなく岩熊はこの世界から消える。」
「消える?」
「おとなしく母親の作り話に戻るんだ。」
「そんな事がある訳が・・・バカな!?何者だ、人間!」
「俺か?俺はな。」

第四百七十四話
「伝承ハンター」

「伝承ハンター!?」
「じゃあな、怪物。」
「うそだあああああああああああ!!」
「鹿の干し肉腰にぶら下げ森で迷うと岩熊現れ喰い殺す、やれやれ。どこでどう捩じれたらこうなるんだ?さてと、助手はいつ来るんだ?こんな干し肉だけじゃ何日ももたないぞ?」

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