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2015年8月12日 (水)

「第四百七十八話」

「先生、死って、呆気ないですね。」
若い看護師が患者の居なくなった病室で僕に言った。
「呆気ないか。」
「はい。昨日の夜は元気だったのに、今日の夜にはもう、この世に居ない。ホント、呆気ないですよ。」
僕は看護師の話を聞きながら窓の外に目を向けた。
「満月だ。」
「え?」
「綺麗な満月だ。」
「本当だ。」
「満月の夜は不思議だと、神秘的な感じで言われている。」
「先生、もしかして狼男ですか?」
さっきまで悲しみを表情に浮かべていた看護師が、少し笑った。
「狼男か。そうだな。」
「まさか、狼男を信じてるんですか?」
「まさか。信じちゃいないさ。ただ、狼男なんて話が出来上がってしまうほど、満月の夜ってのは神秘的だって事だよ。」
「あのう?」
「ん?」
「先生は、一体何が言いたいんですか?」
「神秘的な満月の光を浴びたらキミに告白したくなってね。」
「ちょっ!?ププププロポーズですか!?」
死に対して悲しみの表情を浮かべていた看護師は笑い、そして今は恥ずかしさで顔を赤らめていた。
「ハハハハハハハ!」
「ちょっと先生!亡くなられた患者さんの病室でジョークなんて不謹慎ですよ!」
そして今度は、怒った。
「ごめんごめん。僕の言い方が悪かったな。」
「もう!」
「ただ、キミに告白したいって言うのは本当だ。ちょっと来てくれないか?」
「え?どこへですか?」
「来れば分かるさ。」
「先生?」
死は呆気ない。久し振りに聞いた頭に血が上る言葉だった。確かに死とは何とも呆気ないものだろう。誰もがそう信じ込んで今日を生きている。だがそれは、真実を知らないから信じ込める幻想に過ぎない。人はこの世に生まれてから死に向かって生きている。どこかの真実を知らな過ぎる人間が発した愚かな言葉だ。
「先生?どこへ連れて行くつもりですか?」
看護師の言葉は耳に入っていたが、その問いに答えたくもないほど、僕は頭に血が上っていた。エレベーターに乗りキーを差し込み秘密のボタンを押した。
「何ですか?そのボタンは?」
「もうすぐ分かる。」
看護師の表情は、少し恐怖を浮かべていた。死とは、確かに生物としての終わりを意味する。そう、あくまで死は生物の終わり、だと。歴史上の人物は、死んでもなお、人々の心で生き続ける。人はそれを愚かな人間の言葉を鵜呑みにして、永遠に生き続けると言う。死とは、確かに生物としての終わりを意味する。確かに生物としての終わりを意味しているのだから、生物としての終わりだ。人の心で生き続けて何の意味がある?自分の意志とは関係なく虚像に祭り上げられるのが関の山だ。
「チーン!」
エレベーターが開き、この長い廊下の先にある病室を目にしてもなお、この看護師の価値観が変わらなかったら、僕は医者を辞めて非日常にひっそりと溶け込み残りの人生を生きて行こう。
「死は呆気ない。キミはさっき、そう言ったよね?」
「はい。」
「もう少しその言葉の意味を掘り下げてみよう。」
「はい?」
「可哀想だ。」
「先生?」
「昨日の夜は元気だったのに、死んでしまって、とても可哀想だ。或いは、死はいつ自分の身に襲い掛かって来るかもしれないから、後悔しないように生きよう。もう少しひねくれて言うなら、健康体で若い自分とはまだまだ無縁の死と言う現象を巻き起こした患者への優越感。」
「何言ってるんですか!私は優越感なんかありません!担当看護師として一生懸命看病していた患者さんに対して健康体に生きてる優越感なんか持った事ありません!」
「ごめんごめん。最後のは僕が言い過ぎた。謝るよ。ただ、キミが何か死と言うものを勘違いしてるから少し意地悪になってしまっただけだ。」
「勘違い?私が何を勘違いしてるって言うんですか!」
「この病室の扉を開けるといい。そこに真実がある。」
「0号室?」
「特別な患者さんだ。」
「特別な患者さん?」
看護師の手は震えていた。扉の向こうには一体何があるのか?きっと、ありったけの想像力をフル回転させているんだろう。だが、一方的な感情が働かせる想像力に対して現実は常に、それを上回る。
「ガチャ。」
好奇心が恐怖心を上回ったのか?それとも恐怖心が好奇心を上回ったのか?看護師は真実の扉を開けた。
「先生、これは?」
「患者さんだって言っただろ?」
そう、真実とはこんなものだ。看護師が何を想像したのか?怪物だろうか?それとも自分が殺される事だろうか?エトセトラ。しかし、真実は、ベッドに寝る老人だ。
「この人は?」
「この男はな。こうしているだけだ。」
「はい?」
「分からないか?」
「分かる訳がないじゃないですか!」
「死なないんだよ。」
「死なない!?」
「男は今年で602歳になる。」
「またジョークですか?」
看護師の表情を見れば分かる。言葉とは裏腹に、頭の中ではその価値観が変わった。
当たり前のように死ねる事が、キミの言う呆気ない死が、どれほど価値のあるものかってのが、分かってくれたか?」
「・・・・・・先生。」
看護師は、それ以降何かを語ろうとはしなかった。今まで感じた事のない。普通に死ねる喜びと死に向かって生きる喜びを実感しているんだろう、おそらくは・・・・・・・・・。

第四百七十八話
「マジで永遠に生きる人」

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