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2015年9月 2日 (水)

「第四百八十一話」

 妻は、生きている。僕が目を覚ましてキッチンに行くとテーブルには、朝食が用意されていた。
「おはよ。」
スープをかき混ぜていた妻がイスに座った僕に気付くと、スープをスープ皿に入れ、テーブルに置いた。そして自分もいつもの向かいのイスに座った。
「いただきます。」
トーストを食べ、スープを飲み、サラダを食べ、スクランブルエッグを食べ、フォークに刺したソーセージを口に運ぼうとした時、妻は僕の視線の異変に気付いたようだ。
「どうしたの?ずっと私の顔ばっか見て、え?何か付いてる?」
顔に何か付いてる。いや、顔には何も付いていない。正確には、頭に包丁が突き刺さっている、だ。
「食べないの?」
昨日の夜、僕は確かに妻を殺した。夢じゃない。それは妻の頭に突き刺さっている包丁が物語っているし、何よりも右の太ももが尋常じゃないぐらいに痛い。
「もしかして、体調でも悪いの?」
それとも、人を殺すと確率でこう言う悪夢に悩まされるのだろうか?幻覚のような無間地獄に突き落とされたのだろうか?
「なあ?」
「病院行く?」
「死んだよな!殺したよな!昨日の夜!僕はキミを!」
「ああ、その事ね。」
そう言うと妻は笑ってソーセージを口に運ぶと、ゆっくりと咀嚼し飲み込んだ。
「何で生きてるんだよ!どう言う事だよ!」
「どう言う事?どう言う事って?」
「だから!何で普通にいつもみたいな感じの朝なんだよ!」
「だって別に何か特別な事をしなきゃならない朝じゃないでしょ?」
「そうじゃなくて!」
「スープ冷めるよ。」
「スープの温度とかどうでもよくって!」
「よくなくないよ!スープはあったかい方が美味しいに決まってる。まあ、確かに冷製スープなんてのもあるけどさ。」
「ちょ、ちょっとどうでもいい話すんのやめてくれないか?何で、昨日の夜、殺したのに生きてんの!?」
「知らない。」
「はあ?」
「だから、私にもよく分からないんだってば!殺されたなって思って目を覚ましたら天国でも地獄でもなくキッチンだったの。幽霊になったのかなって思ったけど頭に包丁が突き刺さってる以外は、いつも通りだったの。さっきもトイレに行ったし、こうしてお腹も減る。」
「死んだ事を受け入れられてないだけなんじゃないのか?」
「いやいやいや、生死はスポーツじゃないんだから!そんな精神論でどうにかなるもんじゃないでしょ!」
何だ?何がどうなったんだ?確かに妻の言う事には説得力がある。頭に包丁が突き刺さってる人が死んだかと思ったけど生きてたって言うなら、そうなんだろう。ビジュアルに圧倒されずに冷静に考えよう。簡単な話だ。僕は妻を殺し損ねただけだ。頭に包丁を突き刺したけど偶然にも妻は生きてただけだ。そう、納得は出来ないけど、この納得に縋るしか僕にはすべがない。
「ちょ、ちょっと!?アナタ!?」
納得した次の瞬間、僕は身を乗り出して妻の首を絞めていた。
「く、苦・・・しい・・・・・・。」
妻は、ぐったりした。死んだ。安堵から来る空腹を目の前の朝食で満たした僕は、熱いシャワーを浴びる事にした。朝食を食べ終えた時もバスルームに行く時も妻を確認したけど、死んでいた。
「きっとこれで妻を殺せた。」
バスルームから出た鏡に映る自分に言い聞かせた。きっと人を殺すなんて生まれて初めてだったから、知らず知らずのうちに手加減してしまったんだ。そう自分の心に言い聞かせながらキッチンに向かうと妻は、フォークに刺したソーセージを口に運ぶ途中だった。
「シャワー浴びたの?」
「どうして生きてるんだよ!?」
「どうしてって、だからそれは私にも分からないわよ。」
「確かに脈も呼吸も止まってたはずだ!」
「んまあ、それでもこうして生きてるだから、しょうがないでしょ。」
そう言うと妻は笑ってソーセージを口に運ぶと、ゆっくりと咀嚼し飲み込んだ。
「どこ行くの?」
僕は、ぶつぶつ小言を言いながら早歩きで寝室に戻り、ぶつぶつ小言を言いながらクローゼットの奥にあるものを手にして、ぶつぶつ小言を言いながらキッチンに戻った。
「ちょっと、ヤダ!裸でショットガンって!」
「ダーン!」
僕は妻の心臓を撃ち抜いた。死んだ。これは、どう考えたって死んだ。向こう側のシンクが見えるって事は、妻の心臓ごと吹き飛ばしたって事だ。それはつまり、今の妻には心臓がないって事だ。心臓がないって事はすなわち、死ぬって事だ。
「やった!やったぞ!」
僕はその歓喜のままリビングのソファーに座り、録画しといたテレビドラマを観賞しようとリモコンをテレビに向けて電源を入れようとした。
「何で生きてるんだよ!?」
真っ黒なテレビ画面には、僕の後ろに立つ妻の姿が映っていた。
「だから、分からないっていってるでしょ?」
「いや、もうこれは幽霊だぞ!?さっきまでとは違って、穴が空いてるんだからな!?」
「ドラマ観るの?じゃあ、一緒に!」
そう言うと妻は笑いながらいつものように僕の横に座った。
「呑気にドラマなんか観てる場合じゃない!」
「えっ?観ないの先週あんなに続きが気になってたのに?」
「今はドラマの続き以上に気になる事があるんだよ!」
「そう言われても生きてるんだからどうしようもないじゃない。え?ちょっとどこ行くの?何探してるの?」
僕はキッチンの棚の奥のガスボンベを手にしてそれを妻の心臓があった場所に入れ、ショットガンを放った。
「ボン!」
妻は砕け散った。部屋中が妻の血や肉片で汚れまくってしまったが、これでようやく落ち着いて気になるドラマの続きが観られる。
「ねぇ?」
「え?」
僕は血と肉片だらけの部屋中に目をやった。でも、妻の姿は見当たらなかった。
「空耳か。」
あんな異常事態な状況下にいたら、空耳がしたって仕方ない。
「空耳じゃないから!」
「何で生きてるんだよ!?」
恐る恐るソファーの背もたれの部分に目をやると、飛び散っていた妻の唇が喋っていた。
「だから!私にも何が何だか分からないんだってば!」

第四百八十一話
「妻は今日も生きている」

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