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2016年5月25日 (水)

「第五百十九話」

 ある日ある時、突然倒壊した高級ホテル。その地下駐車場の瓦礫の残骸に埋め尽くされた中、奇跡的にぽっかりと空いた小さなスペース、そこに奇跡的に無傷の男女が座り込んでいた。
「ねぇ!格闘家!」
「大きな声を出すなよ。崩れて来たらどうすんだよ。」
「ねぇ、格闘家。」
「いんだよ無理に耳元で小さな声じゃなくてさ。普通でいいだろ?何だよ、アイドル。」
「何とかならないの?」
「はあ?何とかって、俺にどうしろって言うんだよ。」
「格闘家なんでしょ?チャンピオンなんでしょ?こんな瓦礫、その自慢の拳で粉砕しちゃってよ。」
「お前な。そんなの無理に決まってるだろ。外へ辿り着く前に、俺の拳の方が粉砕だよ。」
「ヤワね。」
「ああ?」
「ヤワね。」
「何で二回も言うんだよ。」
「大事な事だからよ。」
「大事じゃねぇよ。」
「ベルト返上すれば?」
「何でだよ!」
「アタシね。アンタが格闘家だって聞いた時、やったぁ!これで助かったって思ったの。しかも聞けばチャンピオンだって聞いた時、やったぁ!これで確実に生還出来たって思ったの。でも、どうやらそれは超絶ぬか喜びだったみたい。アタシのやったぁ!を返してよ!」
「どんな言い掛かりだよ!お前なぁ?格闘家と映画に出て来るようなヒーローを一緒にすんなよな。」
「ねぇ?本当に無理?」
「重機でも一苦労な瓦礫の山だぞ?どんな格闘家だって、どう考えても無理に決まってるだろ。」
「ねぇ?本当にどっかからビームとか出せないの?」
「お前なぁ?」
「腕が鋼鉄に変化したりしないの?」
「だからなぁ?」
「空飛べるんでしょ?」
「格闘家をなんだと思ってんだよ!」
「強い人。」
「ざっくりだなぁ。」
「ああ、どうせなら格闘家とじゃなくて、偉大なマジシャンとだったら良かったのになぁ!」
「暇潰しにマジックでも見せて貰おうってのか?」
「違うわよ。偉大なマジシャンだったら、外に瞬間移動出来るでしょ!」
「仕掛けが無かったら無理に決まってるだろ!」
「偉大なマジシャンって、ああ言う事が出来る人なんじゃないの?」
「純真無垢かよ!んな訳あるかよ!全てのマジックにトリックがあるんだよ。」
「超絶がっかりね!」
「なあ?アイドル。」
「何?」
「歌でも歌ってくれよ。」
「はあ?何で今、アタシが歌わなきゃいけない訳?」
「アイドルなんだろ?」
「アイドルよ?」
「暇潰しに歌ってくれよ。」
「どうしてトップアイドルのアタシが、ただただアンタの暇潰しの為だけに歌わなきゃならない訳?」
「じゃあ、ほら、声でこの瓦礫の山のど真ん中に穴を空けられるかもしれないだろ?」
「どんな能力よ!そんな能力があるんならトップアイドルなんかやってないで、NASAで働いてるわよ!NASAで!」
「安易な発想の働き口だなぁ。しっかし、そもそも何でホテルは、こんな状態になったんだ?」
「よく分からない。車から降りてエレベーターに向かってる歩いてて次の瞬間、気付いたらここにこうして、アンタと二人っきりだった。」
「災害か?それともホテルの欠陥か?もしくは、テロ?」
「こんなとこで原因なんか考えたって仕方ないじゃん。原因が究明出来たって、外に出られる訳じゃないんだしさ。きっと、大勢死んでるわよ。社長もマネージャーも・・・。」
「まだ全員死んだって決まった訳じゃないだろ?俺達みたいに生きてるかもしれないんだしさ。」
「あっ!?」
「何だよ。」
「今すぐ外に出られないって事はだよ!?」
「ああ、そうだよ。」
「アンタがウンコをしたくなった時、どうすんの!?」
「どんな心配事を思い付いてんだよ!奇跡的にこうして助かったとしても今すぐ外に出られないって事は、このままここで結局俺達も死んじまうって心配事しろよな!あとな!ウンコをしたくなった時は!ウンコするぞ!俺は!」
「最っっっっっ低っ!!」
「仕方ないだろ!ウンコをしたくなった時なんだから、ウンコするしかないだろ!お前だってウンコをしたくなった時は、ウンコするだろ!」
「アイドルは、ウンコしません。」
「気持ち悪ぃ!何だそれ!アイドルがウンコしないなんて、誰も思っちゃいねぇよ!」
「はあ???じゃあ、アンタはアイドルがウンコしてるとこ見た事ある訳?」
「見た事あったら俺は変態だろ!犯罪者だろ!」
「ああ、ウンコしたい。」
「したいんじゃねぇか!」
「ジョークよ。ジョークに決まってるでしょ?アイドルジョークよ。この場が殺伐としてるから、ジョークで超絶和ませようとしたのよ。」
「お前が原因で場の空気がおかしくなったんだろ!」
「10がMAXだったら、アンタは今、どんな感じ?」
「まだウンコの話し続けんのかよ!」
「重要な事じゃない!アタシは永遠に0だけど、アンタはそうは行かないじゃない?」
「今んとこは0だよ。」
「小便は?」
「お前、もっと言い方があんだろ?」
「あのね?こう言う緊急事態の時は、物事を正確に伝えなきゃダメなの!」
「0だよ。お前は?」
「アイドルは、小便しないもん!」
「アイドル感を出しながら言う言葉かよ。もう人間ってカテゴリーから外れ過ぎだろ。」
「モンブラン食べたい。」
「お前、自由かよ。」
「例えばさ。」
「何だよ。」
「例えばだよ?これが、アタシ達以外のホテルの人達がゾンビになって、アタシ達を襲って来るって状況だったら、格闘家も少しは役に立ったかもしんないけど、生き埋めだとまるで役に立たないわね。」
「お前もな!お前は、その例えの状況ですら役に立ってないけどな!」
「そんな事ないわよ!」
「非力のアイドルが、どうやってゾンビの大群と戦えるってんだよ。」
「アタシの歌を聞いたゾンビ達は、痺れて身動きが取れないのよ。」
「ゲームのやり過ぎだろ。そんな事が本当に出来るんだったら、俺に向けて歌ってくれよ。」
「ゾンビにしか効果ないの。」
「なら、一生使わない能力だし、何でその能力があるって判明したんだよ。」
「それに、アンタだけに向けて歌を歌うだなんて、ファンが許さないわ!」
「今は二人っきりなんだから関係ないだろ?」
「アイドルは、ファンと心と心で繋がってるから、アタシがどこで何をしてるか分かるのよ。」
「じゃあ、何で誰も助けに来ないんだよ。ファンに見捨てられてんじゃねぇか。」
「きっとみんな、死んだのね。」
「付いた嘘を残酷な一言で真実にねじ曲げてんじゃねぇよ!」
「ねぇ?アンタ、もしかして空腹に耐えきれなくなったら、アタシを食う気?」
「食うかよ!」
「アタシは、アンタ食うけどね。」
「何の宣戦布告だよ!」
「ジョークよ。ジョークに決まってるでしょ?アイドルジョークよ。この場が殺伐としてるから、またジョークで超絶和ませようとしたのよ。」
「どの辺がアイドルジョークなんだ?」
「それにしても暇ね。腕相撲でもしよっか!」
「お前、恐いもの知らずか。」
「ほらほら!トップアイドルと無料で握手出来るチャンスなんか滅多にないよ?」
そう言うと女は粉塵まみれの地面に寝っ転がった。
「金出してお前と握手したがる奴等の気持ちが分からん。」
そう言うと男も粉塵まみれの地面に寝っ転がった。
「変な気、おこさないでよ!」
「おこすかよ!」
「ヘイヘーイ!」
「一体何してんだ、俺は。」
「あと、絶対に勝たせてね。」
「絶対に勝たせてね、ウィンクじゃねぇよ。はいはいはいはい、分かりましたよ。」
「楽勝で勝つんじゃなくて、接戦を制したみたいな感じでお願いね。姪っ子とする感じ。」
「面倒臭ぇなぁ!」
そして、男が女の手を握ろうとした瞬間。
「ちょっと待った!」
「今度は何だよ。」
「見て!」
「何だよ。」
「これ、マンホールじゃない?」
「ああ、マンホールみたいだな。ここは、地下駐車場だからマンホールがあっても不思議じゃないだろ?」
「いや、そうじゃなくて!マンホール!マンホールよ!」
「ああ、そうか!ここから脱出出来るかもしれないな!」
「イエス!ああ、なんか初めてアンタが役に立つ時が来たわね。」
「お前が役に立つ時は、とうとうやって来なかったけどな!」
「ガンバレー!」
「それで役に立ってるつもりかよ!よし!開けるぞ!ぬおおおおおおおおおおおおお!!」
「やったぁ!」
「よし、俺が先に行く。」
「パンツ見ないでよ!」
「見るかよ!」
「絶対見ないでよ!」
「頼まれても見ねぇよ!」
男と女は下水道へと降りて行った。

第五百十九話
「アダムとイブ」

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