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2016年6月29日 (水)

「第五百二十四話」

「お、おい!?こりゃあ、一体どうなってやがるんだ!?」
老いた刑事は、大粒の雨が降る中、傘も差さずに玄関前に止めた車から急ぎ足で家の中に入り、その異様な空気と温度と臭いがするリビングへと一直線に足を運ぶと、その無惨な光景に驚愕していた。
「ご苦労様です。」
老いた刑事の登場を待ち侘びていた若い刑事は、その姿を発見するなり足早に近寄り、声を掛けて来た。
「おい、こりゃあ、一体どうなってやがるんだ?」
気が動転して頭の中が混乱しているのか?老いた刑事は、数秒前に放った言葉を再び口にした。
「分かりません。」
「だよな。事件に巻き込まれるような佇まいには見えなかったがな。」
そう言うと老いた刑事は、家の中を見渡した。ごく普通の装飾に、ごく普通の壁紙に、ごく普通の暮らしっぷりに、窓の外には、ごく普通の自動車に、建ち並ぶ家々もまた、ごく普通だった。
「事件に巻き込まれると言うか、これは事件自体がこの家の中で巻き起こったのではないでしょうか?」
そう言うと若い刑事は、血まみれのリビングの血まみれの夫婦の死体に目をやった。
「事件?事件ねぇ?」
老いた刑事は、くしゃくしゃの髪の毛を掻きながら呟いた。
「はい。」
若い刑事もまた、整った髪の毛を掻きながら呟いた。
「夫が妻をナイフで何度も何度も何度も何度も刺した。何度も何度も何度も何度も。」
床に横たわる妻のその変わり果てた無惨な姿に目をやり、老いた刑事は小さな声で言った。
「ええ、それから自分は猟銃を口にくわえて、右足の指でその引き金を引いた。」
ソファーに力無く座る夫のその変わり果てた無惨な姿に目をやり、若い刑事は少しジェスチャーをくわえながら小さな声で言った。
「なあ?答えてくれ。俺は、悪い夢でも見ている最中なのか?バーボンの飲み過ぎで悪い夢でも見ている最中なのか?だったら、いいか?お前がやるべき事は1つだ。今すぐ俺の顔面をぶん殴って、この悪夢から叩き起こしてくれ。酷い二日酔いの方が、よっぽど天国だ。」
老いた刑事は、右のほっぺたを指差しながら若い刑事に向かって苦笑い混じりで言った。

「・・・いいえ、これは紛れもなく現実です。酷い現実です。」
それに対して若い刑事は、目をつぶり首を数回横に振りながら答えた。
「何てこった。一体どうなってやがるんだ?」
そう言うと老いた刑事は、天を仰いだ。現実から目を背けたのか?または、神に問い質したのか?そして、目を閉じた。
「どうしますか?」
「ああ?どうしますかだと?」
老いた刑事は、若い刑事に顔を向けた。
「はい。」
「どうしますかって、そんなもんは俺の方が聞きたいもんだね。」
「とりあえずこれって、やっぱり事件?なんですよね?」
「事件?事件ねぇ?さあな?刑事を600年ぐらいやってれば、ほぼ全ての事件を経験した。この世にある事件って事件にだ。だが、こんなのは初めてだ。人が人を殺すなんて、こんなのは初めてだよ。一体どうなってやがるんだ!」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
若い刑事は、その老いた刑事の物凄くベテラン感が込められた言葉を聞き、黙り込んでしまった。老いた刑事もまた、この異常な状況をどうやって処理していいものか?と、黙り込んでしまった。

第五百二十四話
「人が人を殺さない世界」

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