« 「第五百六十五話」 | トップページ | 「第五百六十七話」 »

2017年4月19日 (水)

「第五百六十六話」

 俺の目の前には、アイスコーヒーがあり、灰皿があり、水があり、伝票がある。そう、ここは喫茶店。なぜ、俺が喫茶店にいるのか?これから大事な商談があるからか?これから超大作を創作するからか?これからプロポーズするからか?いいや、どれも違う。俺が喫茶店にいる理由は、暇だからだ。暇で暇でしょうがないからだ。ただただ暇だからだ。とりあえず喫茶店に入ってアイスコーヒーでも飲んで時間を潰そうか感覚だ。だが、ただこうしてアイスコーヒーを飲んでるだけじゃ、暇は潰れない。暇は、そう簡単には潰せない。なら、どうするか?大事な商談をしようにも相手がいないし、そもそも商談そのものがない。なら、どうするか?超大作を創作しようにもそんな特筆した想像力を持ち合わせてない。なら、どうするか?プロポーズしようにも今日は指輪を持ってない。なら、どうするか?こう言った暇を潰すなら、妄想が一番だ。お金も掛からなければ、他人に迷惑を掛ける事もない。人間が出来る最大級の暇潰しだ。
「・・・・・・。」
さてと、妄想するって事にしたが、一体どう妄想しようか?例えば、この喫茶店に巨大なドラゴンが飛来したらどうだ?ドラゴンが天井を突き破り雄叫びを上げると、客達を次々に喰らい始める。逃げ惑う客達を長く太い尻尾で薙ぎ払い、天空に向かって火を吹いたかと思うと次の瞬間、俺はドラゴンと目が合う。このままでは、俺は喰い殺されるか焼き殺されるか尻尾で吹き飛ばされて殺されてしまう。他の客達には申し訳ないが、俺は死にたくない。なら、どうするか?この状況を打破するには、どうするか?
「・・・・・・。」
もちろん、答えは単純明快だ。お客様の中に、伝説の勇者がいれば大丈夫。それで安心。だがどうだ?店内を見渡しても店内はまさに地獄絵図状態で、とてもじゃないが伝説の勇者なんかいない。すると俺は、左側に気配を感じる。見るとそこには、メガネを掛けたジジイがレモンティーを飲んでる。見るからに伝説の勇者じゃないが、見る角度によっては、伝説の大魔法使いにも見えなくもない。これで俺は助かった。きっと、このジジイは、とんでもない大魔法でこのドラゴンを一撃で撃退してくれる。とんでもない大魔法でドラゴンを一撃出来るなら、なぜ店内がこんな地獄絵図になる前にやらないんだって怒りが湧いたが、今は伝説の大魔法使いに説教してる場合じゃない。さあ、何をしてる?とっととこのドラゴンを一撃で撃退してくれ!じゃないと俺がドラゴンに殺される。何を呑気にレモンティーを飲んでるんだ!って、俺がドラゴンから再び伝説の大魔法使いに顔を向けると同時にドラゴンも顔を向け、伝説の大魔法使いの頭にかぶり付いた。俺が次に見たのは、胸から下しか無い伝説の大魔法使いの姿だった。
「あのう?」
「はい。」
「伝説の大魔法使いですか?」
「違います。」
一旦、妄想の世界から現実の世界に戻り、隣のジジイに確認してみたが、隣のジジイは単なるジジイだった。俺は、隣のジジイ中のジジイを睨み付け、妄想の世界へ戻る事にした。
「・・・・・・。」
絶体絶命ってのは、きっとこう言う事なんだろう。俺が画家なら、絶体絶命ってタイトルで、きっとこの絵を描いてる。ドラゴンが天空に雄叫びを上げる。ああ、これで俺の人生も終わった。もっといろいろやりたかったが、これで俺の人生も終わりだ。大事な商談や超大作の創作やプロポーズとかやりたかったが、運命ってヤツは非情だ。
「・・・・・・・。」
死を覚悟して目を閉じた俺の耳に入って来た言葉は、意外なもんだった。

第五百六十六話
「ウチのドラゴンが大変申し訳ございません」

 目を開けると顔面蒼白のオバサンが、俺の目の前に立っていた。そして、深々とエプロン姿で頭を下げると、ドラゴンをペチペチ叩きながら、フライ返しでペチペチ叩きながら、ドラゴンに小言を言いながら、何度も何度も深々と頭を下げながら、ドラゴンの背に乗って喫茶店を出て行った。俺は、飲みかけのアイスコーヒーを一気に飲み干し、伝票を手に取り、隣のジジイの頭をひっぱたくフリをして、隣のジジイを睨み付けながら、レジへと向かった。

|

« 「第五百六十五話」 | トップページ | 「第五百六十七話」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/121942/70312412

この記事へのトラックバック一覧です: 「第五百六十六話」:

« 「第五百六十五話」 | トップページ | 「第五百六十七話」 »