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2018年1月 3日 (水)

「第六百三話」

 或るスープ屋さん。お爺さんが座るテーブルに若い女性店員がスープを運んで来た。
「お待たせしました。コーンポタージュスープで御座います。」
「おい!」
「はい?」
「私は、コーンポタージュスープを注文したんだぞ!」
「はい、ですからコーンポタージュスープで御座います。」
「違う!」
「違う?」
「コーンポタージュスープを注文した客に、コーンポタージュスープを持って来てどうする!」
「コーンポタージュスープを注文なさったお客様に、コーンポタージュスープを持って来る事は、当たり前ではないでしょうか?」
「つまりアレだな?お嬢さんは、注文と言う質問に対して、コーンポタージュスープと言う正解を持って来た訳だな。」
「はい。」
「違う!」
「違う?」
「違う!」
「違う?」
「不思議そうな顔で私を見るんじゃない!」
「でも、お客様のおっしゃってる意味が分からないです。」
「あのな?コーンポタージュスープを注文した客に、コーンポタージュスープを持って来てもだ!そこに何の物語も生まれないだろっつってんの!私は!」
「物語?」
「物語!」
「物語?」
「物語!」
「ならアタシは、コーンポタージュスープではなく、一体何を持って来たら良かったのでしょう?」
「それは、分からないよ!だがな!コーンポタージュスープを注文して、コーンポタージュスープを持って来るのだけは、正解じゃない!この場合はな!」
「この場合は。」
「そう!この場合はな!でも、かと言ってだ!私が、お嬢さんが持って来るだろうなぁ?コーンポタージュスープじゃなくてゾウのションベン持って来るなって想像出来ちゃうヤツを持って来ても正解じゃない!」
「ゾウのションベン!?」
「例えばな。」
「例えなんですか!?」
「いいか?これはもう、私が想像出来ちゃってるから物語にはならないが、私が想像出来ちゃってない体でお嬢さんがコーンポタージュスープじゃなくて、ゾウのションベンを持って来たとしよう。するとどうだ?どうなる?」
「怒られます。」
「ちょっとやってみよう。」
「やってみる?」
「いいから、やれば分かるから!」
「は、はい。」
「じゃあ、持って来るとこから!」
「お、お待たせしました。ゾウのションベンで御座います。」
「ゾウのションベン!?私が注文してのは、コーンポタージュスープだぞ!それが何でゾウのションベン!?」
「申し訳御座いません!」
「いや、いい。いいよ。本気の深いお辞儀とかしないでさ。でも、分かるだろ?こう、何かそこに物語が生まれる感じがさ。ああ、これから物語が始まるんだなって感じがさ。」
「分かりません。」
「分からない!?」
「分かりません。」
「だって、コーンポタージュスープを注文したのに、ゾウのションベンだぞ?」
「どうして、コーンポタージュスープを注文したお客様に、わざわざ怒られてまでゾウのションベンを持って行かないといけないのかが分かりません。」
「委員長か!」
「違います。」
「分かってるよ!真面目かって話だよ!そりゃあ、確かに真面目に働くのは、とてもいい事だ!物凄くいい事だ!でもな?でも、私にとったら、コーンポタージュスープを注文して、ゾウのションベンを持って来られる方がいい事なんだよ。物凄くいい事なんだよ。なぜなら、そこに物語が生まれるからな!」
「その物語が生まれると言う意味が分かりません。」
「物語が生まれるって言うのはな?」
「はい。」
「何気ない日常を過ごしてるとだ。何気ない一日を送り、何気ない一年が過ぎる。そして気付くと何気ない一生を終える。それはある種の恐怖なんだよ。だが、その恐怖に打ち勝つ方法が一つだけある!それが物語だ!何気ない日常を一変する物語だ!いいか?この場合の日常と言うのは、己が想像出来る全ての日常だ。宝くじに当たったり、背中から翼が生えて空を飛んだり、コーンポタージュスープを注文したのにゾウのションベンを持って来られたりエトセトラエトセトラ、それら全てが何気ない日常を指すんだ!つまり、何気ない日常からは、自らの力では逃れられないって訳だ!それが私の辿り着いた答えだ!導き出した答えなんだよ!だから、自分以外から物語を与えてもらわないとダメなんだよ!」
「だとしたら、アタシには、お爺さんに物語を与える事は、出来ません。」
「いや、出来る!」
「何で!?」
「諦めるな!」
「諦めるも何もそれ以前の話です!コーンポタージュスープを注文して、ゾウのションベンを持って来られても想像の範疇だっておっしゃるお爺さんに対して、普通の考えしか持ち合わせてないアタシが物語を与えるなんて、絶対に無理です!」
「ちょっとやってみよう。」
「いや、無理ですよ!」
「無理無理言ってても物語は始まらない!いいから試しにやってみなさい。お爺さんを信じなさい。」
「えっ!?じゃ、じゃあ、えーと?お待たせしました。父がアタシをここまで育ててくれる為に流した汗です。」
「ハートフル!?ハートフルが来ちゃった!?ハートフルが来ちゃいましたよ!?ここで、ハートフルを持って来るとは、なかなかお嬢さんもやりますなぁ。あ、実は何だかんだでもしかして前にもこう言う事、やってたりした?」
「やらないですよ!こんな事!」
「だって、普通はさ。ゾウのションベンの例えがあったらだよ?初めてだって人は、他の動物のションベンを持って来るもんだよ。なのに、父が今まで流した汗って!」
「これで気が済みましたか?」
「でもね?お嬢さん?残念ながら、今のも私の想像出来ちゃうヤツだ。」
「本当ですか?」
「ん?私を疑ってるのか?」
「疑ってる訳じゃありませんけど、だったら、アタシが何を言ってもダメなんじゃないでしょうか?お客様は、こう言う事に関して、プロフェッショナルって言うんですか?そんな人にド素人のアタシが物語を与える事は、やっぱり無理ですよ!」
「果たして本当にそうだろうか?」
「そうですよ!」
「個人の想像力には、限界がある!私は常日頃から、そう考えている。」
「そうかもしれないですけど、やった事のない人間がいきなりやれって言われても無理ですよ!」
「次!」
「え?」
「え、じゃなくて!ほら、次をやってみなさい。今ので終わりじゃないだろ?私には、お嬢さんが何かとんでもない想像力を隠し持ってるのが感じ取れる。」
「それは、お爺さんの勘違いです。」
「分かった。次で最後にする。物語が生まれようが、生まれまいが、次で最後にしよう。」
「本当ですか?」
「私を誰だと思ってるんだ?」
「誰なんですか?」
「爺さんだ!」
「はあ。じゃあ、本当に次で最後ですよ?」
「ああ、泣いても笑っても怒ってものたうち回っても次で最後だ。」
「わ、分かりました。」
「ああ、お嬢さん。」
「何ですか?」
「先にこれだけは言っておこう。ありがとな。」
「え?」
「こんな爺さんのこんな事に付き合ってくれて、本当に感謝する。ありがとう。」
「あ、いえ!あの、頭を上げて下さい!」
「さあ!お嬢さん!最後にバシッと決めてくれ!」
「わ、分かりました。お待たせしました。」

六百三話
「冷めたコーンポタージュスープ」

「で御座います。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
しばらくの沈黙の後、お爺さんは、激怒した。若い女性店員は、何度も何度も頭を下げて謝った。新しいコーンポタージュスープを作り直す提案を断り、お爺さんは冷めたコーンポタージュスープを一口飲むと、去り際の若い女性店員に、親指を立てた右手を突き出した。それに笑顔と同じポーズで答えた若い女性店員は、厨房へと姿を消した。

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