「第六百十六話」
「ドンドンドン!」
ある朝、突然にドアが激しく叩かれた。
「ドンドンドン!」
「警察です!」
その主は、警察だった。俺は、当然のようにドアを開け、その場でしばらく会話を交わしたあと、定年間際の風貌な刑事を家の中へ招き入れた。
「妻が昨日から旅行で、こんな物しかありませんが、どうぞ。」
「ありがとうございます。どうぞお構いなく。」
俺は、テーブルの上にインスタントコーヒーが入ったカップを置き、刑事の前に座った。
「何か、取り調べみたいですね。」
「え?」
「ほら、ドラマや映画なんかでよくこうして刑事さんと向かい合わせのシーンを観るじゃないですか。」
「現実は、あんな感じではありませんよ。」
「そうなんですね。それも興味深い話ですけど、それで?その写真の二人組は、本当に殺し屋なんですか?」
「ええ。」
なぜ?刑事をわざわざ家の中まで招き入れたのか?俺は、ふいに玄関先の立ち話の最中に見せられたこの写真の二人組に興味が沸いたからだ。中年男性と幼い少女。こんな面白そうな案件を放っとく訳がない。誰だって興味をそそられる。そうだろ?
「で、このマンションの屋上が犯行現場って言うのも本当なんですか?」
「そうです。」
「そんなドラマや映画なんかでよく観るシチュエーションってあるんですね。」
「事実は小説より奇なり、です。」
「でも、不思議な組み合わせですよね?こっちの男の方が殺し屋ってのは、理解出来ます。見るからに殺し屋って感じですもんね。」
「私が知る限り最高のスナイパーです。」
「でも、こっちの少女も殺し屋っては、どうも信じられませんね。親子?もしくは、何らかの事情で生活を共にしている?少女が殺しに関わってるとは思えません。」
俺の興味を刑事にぶつけると、刑事は少し微笑んだ。
「ライフルによる遠隔射撃でもっとも重要な事は何だと思います?」
「もちろん、ライフルを扱う狙撃手の腕ですよね?」
「違います。」
「違うんですか!?なら、何がもっとも重要なんですか?」
「風です。」
「風、ですか?」
「遠隔射撃でもっと重要な事は、風を読む事です。詳しく理論を教えても簡単に理解出来ないと思いますが、弾丸ってのは風の影響を大きく受けてしまう。」
「そう言うもんなんですね。それで?その風とこの少女が大きく関係してるんですか?」
「絶対風感。」
「絶対風感?」
「我々は、そう呼んでいます。んまあ、簡単に言えば絶対音感の風版です。」
「なるほど。それで?」
「この少女には、分かるんですよ。風の流れが全て。なのでターゲットの急所を一発で仕留めるには、どの角度でどのタイミングでどの力で撃てばいいのかが分かってしまうんです。」
「なるほど!何か凄い話を聞かせてもらっちゃいました!」
すると刑事は、再び少し微笑んだ。
「それが目的だったのでしょ?」
「え?」
「そうじゃなきゃ、わざわざ警察を家の中まで招き入れたりなんかしない。朝から訪ねてくる警察なんてのは、適当にあしらうのが一番だ。」
「さすが刑事さんだ!でもね?招き入れたのは、それだけが理由じゃないんですよ?」
「と言うと?」
「監視カメラに二人組の姿は映ってなかった?屋上にも証拠はない。でも、状況的にみてこのマンションの屋上が間違いなく犯行現場。それで、こうして目撃者を探してるんじゃないんですか?」
「旦那さん。貴方、警察になった方がいい。」
「いやいや、こんなの隣の奥さんでも分かりますよ。」
「それでどうなんです?」
「見ましたよ。」
「見たんですか!?」
「ええ、確かにこの二人組でした。非常階段には、監視カメラの死角がありますからね。何度も管理会社には言ってるみたいなんですが、いまだに改善されてないみたいです。」
「その話を詳しく聞かせて下さい!」
少し前のめりになる刑事を見て、少し微笑みながら俺は、昨日の深夜の話を聞かせた。
「この二人組に間違いありません。」
「捜査にご協力ありがとうございました。」
二人組の存在に確証を得た刑事は、笑顔で握手を求めて来た。もちろん俺も笑顔でそれに応えた。風呂場に妻がバラバラになってるのも知らずに、笑顔で握手を求めて来た仕事熱心な刑事に、笑顔で応えた。
第六百十六話
「刑事の視線の直線上に風呂場あり」
俺にしてみたら、俺の知らない真実なんてのは、どうだっていい。
「では、旦那さん。風呂場を見せてもらってもいいですか?」
「え!?なぜ、そんな事を言い出すんです?」
「朝から鬱陶しいだけの存在の刑事をわざわざ部屋に招き入れる者に出会ったのなら、風呂場を確認せよ。刑事の鉄則です。」
「そ、そんな鉄則があるんですか!?」
まさか!?スリリングを求め過ぎて裏目に出たのか?犯人の自己顕示欲を考慮したそんな鉄則が存在するとは!
「ありませんよ。そんな訳の分からない鉄則など。」
「じゃあ、何で風呂場なんか見たがるんですか?」
「いや、何て言うかそのほら、風呂場までのドアが全て開けっ放しで、ずっと奥さんと目が合っていたんですよ。」
「何だって!?」
「さあ、ここからは少し取り調べを始めましょうか。」
「おっちょこちょい出ちゃったーっ!!」
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