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2018年10月

2018年10月 3日 (水)

「第六百四十二話」

 この喫茶店は、普通の喫茶店のはずだった。どこにでもある駅近くの地下にある喫茶店。僕は、二人で向かい合って座る小さな方のテーブルでパンケーキを食べていた。向かいの四人で座る大きな方のテーブルに一人で男は座っていた。
「・・・・・・・・・。」
その男は、静かに水を飲んでいた。その横の大きな方のテーブルでは、カップルの男の方が向かいに座るカップルの女の方の首を絞めて殺そうとしていた。
「・・・・・・・・・。」
男は、静かに水を飲んでいた。男は、姿勢を正して真っ直ぐ前を見て、ただただ静かに水を飲んでいた。僕はそれをパンケーキを食べながら見ていた。
「・・・・・・・・・。」
カップルの横の大きな方のテーブルでは、ずーっと家族が大笑いしていた。ずーっとだ。きっとこのまま笑い続けてたら笑い死ぬぐらいに、ずーっと。でも男は、静かに水を飲んでいた。
「・・・・・・・・・。」
女の店員は、ずーっと水を飲み続けていた。男の店員は、自分の顔をフライパンで焼いていた。トイレの前では、お爺さんとお婆さんが殴り合っていた。男は、静かに水を飲んでいた。
「・・・・・・・・・。」
やがて喫茶店の天井の一部が崩落して、おばさん達が押し潰され、地下鉄が壁を突き破って、ヘリコプターが墜落して来た。男は、真っ直ぐ前を見て静かに水を飲んでいた。
「・・・・・・・・・。」
いや、違う。男は、静かに水を飲んでいない。いやいや、男は、静かに水を飲んでいる。そうじゃない。僕が言いたいのはそう言う目に見える光景じゃない。伝えたい事は、そんな表面的な現実じゃない。そう、このありえない世界観の中で、何にも動じる事なく男が静かに水を飲んでいるんじゃなくて、男が静かに水を飲んでいるから、このありえない世界観が生まれているんだ。
「・・・・・・・・・。」
僕は、ナイフで首を切り裂きながら、静かに水を飲む男を見て、そう考えた。

第六百四十二話
「男は静かに水を飲む」

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2018年10月10日 (水)

「第六百四十三話」

 朝起きて、洗面所へ向かい、顔を洗って、しばらく部屋をウロウロしながら歯を磨いて再び洗面所へ戻って来た時、ふと気付いた。洗面所の鏡が物凄く汚れている事に。
「・・・・・・・・・。」
それは、とてもだった。俺の姿を映していない。鏡としての機能を果たしていないぐらいにだ。俺は、口を濯ぎ、歯ブラシを定位置に戻すと、近場にあったハンドタオルを濡らして、鏡の汚れを拭き取る事にした。
「・・・・・・誰?」
ピカピカになった鏡に映るのは、俺が知る俺ではなく、俺の知らない俺だった。

第六百四十三話
「死後数十年してから評論家が、いいように解釈してくれる作品」

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2018年10月17日 (水)

「第六百四十四話」

 大草原、連峰、素晴らしい風景だ。もしも僕が画家だったなら、この風景画を描いていただろう。そんな気持ちで、この自然の神秘に包み込まれて歩いていると、絵を描いてる一人の男を発見した。
「すみません。もし宜しければ、絵を見せてもらえますか?」
「構いませんよ。」
「ありがとうございます。やはり、この風景を前にしたら、描きたくなりますよね。僕もね。絵心があれば、きっとこの風景を描いていたとお・・・えっ!?メ、メロン!?」
「分かりますか?」
「分かりますよ!?おもいっきりメロン畑ですもん!」
「がっはっはっはっはっ!」
がっはっはっはっはっ?なぜだ?どうして大笑いだ?どうして山男笑いなんだ?いや、いやいやいや、なぜこの絶景を前にして、メロン!?メロン畑!?
「あのう?ちょっとお聞きしても宜しいですか?」
「何でしょう?」
「なぜ、メロン畑を?」
「はい?」
「なぜ、メロン畑を描いているんですか?」
「物凄くメロンが食べたいからです。」
「えっ!?」
「ありません?何かこう、物凄く何かが食べたくなる事って?」
「ありますよ。」
「がっはっはっはっはっ!」
がっはっはっはっはっ?なぜだ?どうして大笑いだ?どうして山男笑いなんだ?どうして握手なんだ?どうして山男握手なんだ?なぜ、メロンを描いている!?いくら物凄く食べたくなっても、ここでメロンは描かないだろ?これは、ヤバいのかもしれない。僕は、この自然の神秘に包み込まれて、正常な判断を見失っていたのかもしれない。だから、話し掛けちゃいけない人に話し掛けてしまったのかもしれない。ヤバい!ヤバいぞ!これは、この場を一分でも一秒でも早く立ち去らなくては!
「あははははは。では、僕はこれで失礼します。」
「ちょっと待ちなさい!」
「ビクッ!」
「青年よ!なぜ、足早に立ち去ろうとする?」
「えっ!?そ、そんな事はないですよ。」
「この風景を目の前にして、メロンを描いてる老人が奇妙奇天烈だからじゃないのか?」
「なっ!?そそそそんな事はありませんよ!」
「私は、青年が考えてるほど、ヤバい人間ではない!」
「分かってますよ。」
「私は最初、絶景を描く為にここへやって来た。そして、メロンが物凄く食べたくなった。だから、メロンを描いている!とてもとても甘くてみずみずしい美味しいメロンをだ!がっはっはっはっはっ!」
がっはっはっはっはっ?なぜだ?どうして大笑いだ?どうして山男笑いなんだ?物凄く十分にヤバい人ですけど?
「そ、そうですか。」
「そして、絵が完成したら、食べる!」
食べる!?今この人、食べるって言ったのか?食べるって言ったよな?食べるって言った!絵が完成したら食べるって絶対言ったぞ!
「ど、どう言う事ですか?メロンを持って来てるって事ですか?」
「がっはっはっはっはっ!」
がっはっはっはっはっ?なぜだ?どうして大笑いだ?どうして山男笑いなんだ?とことん山男なのか?
「は、はい?」
「青年は、面白い事を言うな。」
「別に面白い事なんて言ってませんよ?」
「メロンを私が持って来ているなら、既に私はメロンを食べているはずだろ?わざわざメロンの絵など描いてはいない。」
「ちょっといいですか?そんな訳ないかもしれないですけど、少しこれから僕は、奇妙な事を言います。」
「構わんよ。」
僕は一体、どんな宣言をしてんだ?だけど、そんな宣言でもしないと、これから話す話をとてもじゃないけど、この宣言なしでする勇気は僕にはない。
「描いたメロンが現実のメロンになって、キャンパスから飛び出て来るって事ですか?貴方は、描いた絵を具現化出来るって事ですか?」
「がっはっはっはっはっ!」
「あははははは!」
「がっはっはっはっはっ!」
「あははははは!」
そうだよな。有り得ないよな。僕は何て事を言ってしまったんだ。これじゃあ、僕の方が奇妙奇天烈じゃないか。
「がっはっはっはっはっ!」
「あははははは!」
「がっはっはっはっはっ!」
「あははははは!」
いや、何でいつまでも、がっはっはっはっはっ、あははははは、を続ける?どうして山男笑いをやめない?
「いや、青年はとことん面白い事を言うな!がっはっはっはっはっ!」
「あははははは!」
やっぱり、やっぱり僕は奇妙奇天烈な人間だと思われているじゃないか!早く、早くこの場を立ち去ろう!ここにいても僕には何一つ得はない!この出来事は記憶から抹消しよう!そうしよう!
「がっはっはっはっはっ!」
「あははははは!では、そろそろ僕は失礼しますね。」
「がっはっはっはっはっ!」
「あははははは!また、どこかでお会いしましょう。」
二度と!絶対に!徹底的に会いたくない!
「がっはっはっはっはっ!行くってどこへ?」
「家に帰るんです。」
「家か。そうか、なら、家を描かないとだな。」
「はい?」
「絵を具現化出来るなんて言い出すとは、思ってもみなかった。だが、着眼点は間違ってはいない。」
「何を言ってるんですか?」
「私には、絵を具現化なんて芸当は到底出来やしない。」
誰にも出来ないぞ?そんな芸当は!
「だが、描いた絵の中に入る事は出来る。」
「はい?」
「絵の中から出て、メロンを買いに行くよりも、絵の中でメロン畑を描いて、メロンを食べた方が早いと思ったんだ。青年も一緒に食べに行くか?」
「・・・・・・。」
「がっはっはっはっはっ!」
冗談だろ!?まさかここは!?絵の中の絵!?そして、僕も絵!?

第六百四十四話
「殺風景なアトリエ」

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2018年10月24日 (水)

「第六百四十五話」

「お爺さん?何してるんですか?」
「警察、ワシが何をしたか分かっているから、ここへ連れて来たんだろ?」
「万引きですよ。お爺さん。」
「ああ、そうだ。ワシは、万引きをした。」
「何をしたか分かってるお爺さんに、もう一度お聞きします。だからお爺さん?何をしてるんですか?」
「おい、ここは歪な世界か?ワシは、チョコレートアイスを万引きしたと言っている。」
「ええ、ですから、そっちの何をしてるんですか?ではなくて、お爺さん?なぜこんな札束がポケットに入っているのに、チョコレートアイスを万引きしたんですかと聞いています。」
「警察?一体この札束が何か分かるか?」
「え?お金、ですよね?」
「違うな。この札束は、人間をダメ人間にする悪魔の契約書だ!」
「まあ、人それぞれにお金への価値観はあるかもしれませんけどね。お金を持ってるなら、チョコレートアイスを万引きしたらダメですよって事ですよ。」
「つまり、警察は、この人間をダメ人間にする悪魔の契約書を使ってチョコレートアイスを買えと言うのか?」
「それがこの世界のルールですからね。万引きは犯罪なんですから、お爺さんがお金を使ってチョコレートアイスを買いたくないけど、チョコレートアイスは欲しいから万引きしちゃおうって歪な思考を持っているなら、それこそお店に入っちゃダメでしょ!それこそチョコレートアイスを欲しちゃダメでしょ!それはなぜか?それは、この世界のルールに違反する行為だからです。」
「はっ!まるでこの世界でルール違反を犯した者を捕まえる存在みたいな事を言うな!」
「そう言う存在でしょ!警察は!」
「なら、脇腹をくすぐられたら笑わないって事だな?」
「何で、この世界でルール違反を犯した者を捕まえる存在は、脇腹をくすぐられても笑わない存在なんですか!笑いますよ!メチャクチャ笑いますよ!笑いますけど僕は警察ですよ!」
「ニセ警察か。」
「ニセ警察ではない!」
「警察なら、右目をもぎ取られても大丈夫って事だな?」
「大丈夫な訳がないでしょ!もぎ取ろうとしないで下さい!お爺さん?人の右目を意味もなくもぎ取るのは犯罪ですよ?」
「意味はある!ワシは、アンタがニセ警察かニセ警察ではないかを確かめなければならないからな!」
「一番最初に手帳をお見せしたはずですけど?」
「あいにくワシは、手帳を見せられただけで、その人間が右目をもぎ取られても大丈夫か大丈夫じゃないか判別出来る程の能力の持ち主ではないのでな!」
「何なんですか!だから、右目をもぎ取るとかそう言う話じゃないでしょ!今は、お爺さんが万引きした話でしょ!もう絶対に万引きしません!そう約束してくれれば済む時間じゃないですか!何でこんな歪な時間を過ごさなきゃならないんですか!」
「反省したら、帰してくれるのか?」
「初めてだったみたいですからね。反省したら帰しますよ。もちろん、チョコレートアイスの代金はお店に支払っていただきますけどね。」
「それは、ワシに悪魔の契約書を使えと言っているのか?」
「ええ、そうです。」
「ダメ人間になれと言っているのか?」
「そうは言ってません!ただ、この世界に生きてる以上、この世界のルールに従って生きてもらわないとダメだって話です!だけどそれが、お爺さんをダメ人間にしてしまうんだとしたら、この世界ではお爺さんには、ダメ人間になってもらうしかありません!」
「分かった。キミの熱意に負けた。ワシはこれから先の短い人生をダメ人間として生きて行く事にしよう!」
「ありがとうございます。」
「だが、一つだけこちらからも条件がある!」
「条件?」
「ワシは、お金を使ってダメ人間として生きて行く!だから右目をもぎ取らせてくれ!」
「いやまず対等な立場じゃないのに、お爺さん側から条件とか歪でしょ!で、その内容がもう歪中の歪でしょ!だから右目をもぎ取ろうとするな!」
「なら、左目で!」
「右目に拘ってたあの時代は一体何だったんだ!もうお爺さん一人に構ってる暇はないんですよ。いいからお店にチョコレートアイスの代金を支払いに戻りますよ。」
「では、店長に伝えておきなさい。新品のチョコレートアイスを用意して待っているように、と。」
「もう一つ買うんですか?」
「いや、溶けたからだ。」
「店長にぶん殴られますよ?」
「その時には、ニセ警察のアンタがエロ店長を逮捕すればいいだろ?」
「何で勝手に店長をエロにするんですか!とにかく、ここにいても永遠に歪な世界から抜け出せないので、お店に行きますよ!」
「分かった分かった。よし、だったらお店に着くまでにどっちが大きな鼻糞をほじり取る事が出来るか勝負しようぜ!」
「やりません。」
「右鼻の穴限定で構わんぞ?」
「左が苦手とか言ってませんから。ほら、黙って歩きなさい。」
「はいはい。」

第六百四十五話
「この素晴らしき歪な世界にて」

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2018年10月31日 (水)

「第六百四十六話」

 家に刑事がやって来た。私は、その刑事を家に招き入れた。それはなぜか?なぜならそれは、私が何一つ刑事に疑われるような事をしていない善良な国民だからだ。テーブルに向かい合って座ると、刑事は私が淹れたコーヒーを一口飲み、話を始めた。
「美味しいですね。」
「ありがとう。豆には拘っているものでね。」
「もしかして、こう言う職業をされていたとかですか?」
「いいや、年を取ると何か一つぐらい趣味を持たないと一日が長くてね。退屈で退屈で、死んでしまう。」
「こんなに美味しいコーヒーを淹れられるなら、お店を開いた方がいいですよ!ご自分だけで楽しまれるのは、罪ですよ。」
「ありがとう。だが刑事さん?」
「はい。」
「ここへ来たのは、私のコーヒーを褒める為ではないのだろ?」
「・・・ええ、実は殺人事件が起きましてね。」
「世の中いつも物騒だが、こうして目の前の刑事さんの口からその言葉を聞くと、改めて実感させられるよ。」
「殺されたのは、この写真の男です。」
「なるほど、私の所に刑事さんがコーヒーを飲みに来た理由が分かった。ああ、彼は私がコーヒー豆を買いに行くお店の店長さんだ。」
「貴方が、彼の店でコーヒー豆を買われた最後のお客さんのようです。」
「そうか。それはとても残念だ。今あるコーヒー豆がなくなったら、これからどこでコーヒー豆を買うか、しばらくは運動に困らないかもしれないな。早く、犯人を捕まえて下さい。」
「はい。それでですね?大変申し訳ないんですが、捜査にご協力をお願いしたいんです。」
「協力と言っても、彼とは客と店長の関係で、特に親しい訳でもない。コーヒー豆を買いに行った時に世間話をする程度だ。」
「ええ、あのう?そう言う会話によるご協力ではなくてですね。何て言うかそのう?」
「ん?どうした?」
「本当の本当に大変申し訳ないんですが、捜査にご協力をお願いしたいんです!」
「ああ、だからするよ。店長さんを殺した犯人を捕まえてくれるなら、喜んで協力する。だがさっきも言ったが私」
「髪の毛を一本下さい!!」
刑事は、勢いよく立ち上がり、深々と頭を下げて私に懇願した。
「な、何!?」
「DNA鑑定にご協力お願いします!」
「ちょっと待て!?」
「お爺さんを犯人だと思っている訳ではなくて!これは、お話を伺った皆さんにご協力していただいてる事なんです!形式的な事なんです!お願いします!」
「断る!」
「お願いします!」

「断る!」
「お願いします!!」
「しつこいぞ!分かるだろ!」
「分かります!でも、お願いします!」
「無理だ!大体、DNA鑑定なら、髪の毛ではなくても出来るのだろ?」
「僕は、髪の毛をもらう主義なんです!お願いします!」
「何だ主義って!!帰れ!!」

第六百四十六話
「ラスワン」

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