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2019年4月 3日 (水)

「第六百六十八話」

 キング・オブ・長閑な場所。そこに見ず知らずの中年男性が二人、夢中でカメラのシャッターを切っていた。しばらくそんな時間が流れ、帽子の男が口を開いた。
「空が青い。」
だが、メガネの男は、その言葉に反応する事なくシャッターを切り続けていた。そして、何度目かのそれに対して、遂にメガネの男も口を開いた。
「空が青い。」
「わざわざ口にする事か?」
「別に、わざわざ口にしたっていいだろ?それで貴方に何か迷惑でも掛けてるのか?」
「ああ、迷惑だ。」
「どんな迷惑なんだ!」
「私はね。他人が、空が青いってわざわざ口にすると死ぬ病、なんだ。」
「生きてんじゃん!」
「薬を処方されてるからな。」
「だったら、空が青いってわざわざ口にしてもいいだろ!」
「今は薬が効いてるからいいが、いつキレるか分からないから、わざわざ口にしないでくれ。」
「だったら俺は、何をわざわざ口にすればいいってんだ!」
「別に何も口にしなくていいのでは?夢中でカメラのシャッターを切っていればいいではないか。大体、空が青いなんて、わざわざ口にされなくても見れば分かる。」
「口にしてんじゃん!薬がキレたら死んじゃう言葉を自ら口にしてんじゃん!嘘なんじゃん!その病!」
「当たり前だろ?死ぬ訳がないだろ?空が青いってわざわざ口にすると死ぬ病、なんて病が本当にあるとでも思ったのか?」
「思う訳ないだろ!」
「私はね。この風景を写真に撮る為に、この場所へ来たんだ。察してくれ。」
「俺もさ。」
「ただでさえ、キミの姿を遠目で認識した時、一人じゃないのかと、落胆と苛立ちの感情が湧き上がったと言うのに、話し掛けて来るなど、言語道断!マナー違反だ!」
「雲一つない。」
「おい!私の話を聞いていたか?」
「独り言だと思えばいいだろ?」
「気になるだろ!」
「気にしなければいいだろ?他人の独り言が気になると死ぬ病になればいいだろ?そしたら、生にしがみついて気にならなくなるだろ?」
「バカな!薬の処方なしで、こんな場所でそんな病に掛かったら即死だ!とにかく黙っていられないなら、帰ってくれ!友達じゃないのだから!」
「なるほど。」
「分かったならもう話し掛けて来ないでくれよ。」
「友達になればいいって事か!」
「私が?キミと友達?」
「これから宜しく!友達!」
「有り得ないだろ。どうして私がキミと友達にならなけらばならないんだ?そんな道理はどこにもない!」
「いやある!なぜなら、貴方と友達になれば、話し掛けてもいいって事だろ?」
「キミは、私と会話したいのか?」
「ああ、楽しく会話しながら写真を撮りたい!」
「私は、楽しく会話しながら写真を撮りたくない!黙って風景を堪能しながら写真を撮りたい!」
「ありがとう!」
「私の願いを無視して友達の契約を結ぶ握手をするな!」
「ここに来る途中で名物のゴリラ鍋の店を見付けたんだ!帰りに食ってこうぜ!」
「私の願いを無視して楽しく帰ろうとするな!」
「ああ、それと!話題のブルーベリーヨーグルト風呂にも入って疲れをとってから帰ろうぜ!」
「私の願いを無視してほっこりしようとするな!」
「なんなら、レアメタル作り体験して帰っても俺はいいぜ!」
「私の願いを無視して日帰りバスツアーみたいなプランを立てるな!」
「もうこのまま誰か知らない人の家に泊まっちゃおっか!」
「私の願いを無視して朝を迎えようとするな!」
「いいじゃないか!俺達、友達だろ?」
「違うと言っているだろ!大体、ゴリラ鍋って何だ!ブルーベリーヨーグルト風呂って!レアメタル作り体験って!誰か知らない人の家に泊まるって!」
「何だよ!何だかんだ楽しみにしてんじゃん!」
「疑問をぶつけただけだ!詳細を知りたい訳じゃない!」
「ゴリラ鍋って言うのは、ゴリラを鍋にした訳じゃない。ゴリラのドラミングを聴かせて作った野菜で作った鍋だ。」
「だから無視して話を進めるのをやめろと言っているだろ!」
「ブルーベリーヨーグルト風呂って言うのは、ブルーベリーヨーグルトを沸かした風呂じゃない。水道水を沸かした風呂をそう言う風に言ってるだけの風呂だ!」
「なぜそんな名を!」
「レアメタル作り体験って言うのは、レアメタルを作る訳じゃない。何か変な工芸品を作る体験だ!」
「何か変なとか言うな!」
「誰か知らない人の家に泊まっちゃうは、誰か知らない人の家に泊まっちゃうだ!」
「犯罪だろ!」
「よし!今日の撮影はこの辺にして、ゴリラ鍋食べに行くか!」
「おい!勝手に私の身支度をするんじゃない!」
「美味いぞ!ゴリラ似のおっさんが作った野菜!」
「もうそれは単なるゴリラ似のおっさんが作った野菜で作った鍋だぞ!腕を引っ張るな!」

第六百六十八話
「ポツンと一軒佇むゴリラ似のおっさんの家の近くのキング・オブ・長閑な場所にて」

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