2018年5月23日 (水)

「第六百二十三話」

 夕食後、俺がリビングのソファーに座り、お気に入りの映画を観始めようとした時、片手にワイングラス、もう一方はと言うとワインのボトルの口に中指を突っ込んだ状態の妻が、笑いながら俺の横に座った。
「どうしたんだよ。」
「どうした?どうしたって、これがどうしたか分からない?」
ワイングラスをテーブルに置き、指をコルク代わりにしたボトルを妻は、俺の目の前で揺らしていた。
「まさか?抜けなくなったとか言わないよな?」
「そのまさか!」
妻は、ニヤニヤ笑いながら、何度か自分で指をボトルから抜こうとしていた。
「ねっ!」
「ねっ!じゃねーよ!ねっ!じゃ!」
「酔っ払ってないからね!」
「酔っ払いの典型みたいな事しといて何言ってんだよ!んじゃあ、何か石鹸とか油とかヌメヌメしたもんで抜けばいいだろ?」
「アナタ、バカ!」
「お前に言われたくねーよ!ただ引っ張っても抜けないんだから、そうするしかないだろ?」
「ソープ的なものか油的なものを指に馴染ませて抜くって言うの?」
「そうだよ。」
「アナタ、バカ!」
「だから、そんな状態の奴に何度も言われたくねーよ!」
「ねぇ!ねぇ!分かんない!ねぇ!」
「うっさ!?何が?」
「まだ、ワインが半分ぐらい残ってるのが分かんない?見えない?」
「だから?」
「そんな事したら!そんな事しちゃったら、残りのワインが飲めなくなっちゃうじゃん!」
「はあ?」
「だからだから!ソープ的なものとか油的なものなんか使ったら、残りのワインが飲めなくなっちゃうじゃん!」
「なら、一生そうやってワインのボトルに指突っ込んで生きて行くつもりか?」
「なるほど!その手があったか!って、バカ!んな訳ないでしょ!アナタに手伝ってもらおうと思って遠路はるばるやって来た訳!」
「ダイニングからリビングだろ?力任せに引っ張ったって指痛めるだけだろ?」
「だから、引っ張ってもらう為に遠路はるばるやって来た訳じゃないって言ってんじゃん!」
「ダイニングからリビングだろ?なら、どうしろって言うんだよ。」
「アナタは、このソファーに座ってお気に入りの映画を観てればいいの!」
「はあ?で、お前はどうするんだよ。俺がお気に入りの映画を観てる間。」
「頃合いを見計らってアナタの頭を借りてワインのボトルを割る!」
「何、お前は俺を殺害しようとしてんのか?これは壮大な殺人計画か?」
「違う違う!違う違う違う!指を抜きたいの!」
「ワインボトルから指が抜けなくなって、その指を抜くのにそんな方法があるかよ!いや、そもそもヌルヌルを提案した時に、お前は言ったよな?残りのワインが飲めなくなるからヤダって!頭でボトル割ったらそれこそ残りのワインなんか飲めないだろ!」
「大丈夫!」
「え?何が?この場合、何が大丈夫なんだ?」
「頭でボトルを割る!ワインが飛び散る!それを床に落ちる前に全て飲みきる!大丈夫!」
「破片も相当、飛び散るだろ!」
「大丈夫!」
「だから、一体全体何がどう大丈夫なんだよ!この場合!」
「ワインだけを飲むから!」
「そんな芸当が出来るなら、それを職業にしろ!いや、そんな心配じゃなくて!ワインがどうとか破片がどうとかじゃなくて!俺の頭!俺の頭がパックリ割れて死んじゃうだろ!」
「でもさ?こう言うのって、やってみなきゃ分からなくない?ほら!死なないかもしれないじゃん!」
「死なないにしても重傷は免れないだろ!いや、そもそもお前の中でも死ぬかもしれないって可能性があるって含みを込めた言い方したろ!今!」
「そりゃあ?だって人はいつどうやって死ぬか分からないじゃん?頭にワインボトルがぶつかる直前に、心臓止まって死んじゃうかもしれないじゃん?」
「俺は、突然死の話をしてるんじゃない!」
「もしかしたら、アナタはワインボトルで頭をどんだけ殴られてもへっちゃらの人かもしれないじゃん?」
「俺は、自分の中に眠ってるかもしれない特殊能力の話をしてるんじゃない!」
「もしそうだとしたら、それを職業にしたら億万長者だよ!」
「なあ?頼むからヌルヌルやってみようぜ?」
「それはワインが台無しになるからヤダって言ってんじゃん!」
「俺の人生が台無しになるのはいいのか!」
「先輩がそうしたいって言ってるのに、先輩の言う事が聞けないの?」
「同級生だろ!俺達は!」
「先輩!」
「何でワインと年を比べなきゃならないんだよ!はあ?ちょっと待て!」
「ん?」
「なあ?おい!家にある俺達より先輩のワインって、一本しか思い当たらないぞ?お前まさか!今度の結婚記念日に一緒に飲もうって約束してたあのワイン飲んでんのか!しかも半分も!」
「すっごい美味しいよ!」
「だろうな!」
「じゃあ、やるよ?」
「やろうとするな!何で俺は、結婚記念日用に用意しといた年代物ワインを妻に飲まれた挙げ句、そのボトルで頭をかち割られなきゃならないんだよ!」
「トホホだね。」
「トホホだよ!」
「オホホだね。」
「オホホじゃない!」
「あっ!」
「何だよ!」
「見て!オホホで抜けた!」
「おい、この変な時間は何だったんだよ。俺のリラックスタイムを返せよ。」
ワインでも飲みながら映画観よっか!」
トホホだよ!」
「良かったじゃん!死ななくて!」
「死ぬと思ってたんじゃねーか!」

第六百二十三話
「キャンティ・クラシコ」

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2018年5月16日 (水)

「第六百二十二話」

 或るタクシーの話。
「お客さん、どちらに行かれますか?」
「天国。」
「天国?」
「だって運転手さん?そうでしょ?」
「何がですか?」
「死んだら天国か地獄、わざわざ好き好んで地獄に行きたい人間なんかいないでしょ。」
「私は、死んだら天国に行きたいか地獄に行きたいかを尋ねたんじゃなくて、このタクシーを止めて乗り込んで一体どこへ行きたいのかを尋ねた、どちらまで行かれますか?です。」
「ああ、なるほどね。随分とトリッキーな運転手さんだと思っちゃいましたよ。」
「じゃあ、全タクシードライバーがトリッキーになっちゃいますよ。それで、どちらまで?」
「一番近くの海までお願いします。」
「お客さんの方がだいぶトリッキーだと思いますけど?分かりました。」
「本当に?」
「ええ。」
「本当に分かったのかな?」
「本当に分かってますよ。ここから一番近い海までですよね?」
「うーん?本当に分かってるかどうか怪しいとこだな?」
「今の返事で信じてもらえないなら、一体どう答えればいいんです?」
「アイアイサー!!」
「そっちの方がよっぽど不安だよ!じゃあ、出発しますよ?」
「アイアイサー!!」
「面倒臭いの乗せちゃったか?」
「運転手さん!」
「あ、すいません!聞こえちゃいました?」
「今、僕の事をマラソン大会の途中でズルしてる選手だと思ったでしょ!」
「どうして思ってると思ったんですか!?」
「当たらずも遠からずです。」
「なら、大会に戻って下さい。そう言うスーツで走るマラソン大会があるのならですが。」
「僕、マラソンシューズを開発する会社の人間なんですよ。」
「本当に私がさっきお客さんが言ったことを思っていたんだとしたら、私はエスパーですね。なら、お客さんは、マラソンで如何に足に負担が掛からないとか、よりタイムが縮むようなシューズを開発してるんですね。」
「まあ、会社全体としてのコンセプトは、そんな感じですが、僕個人は別のコンセプトで動いてます。」
「どんなコンセプトなんです?」
「マラソン選手がマラソン大会の途中でタクシーを使ってズルしないようなシューズです!」
「どんなシューズですか!」
「マラソン選手がマラソン大会中にタクシー使ってズルしようかな?って思考すると雷レベルの電流が流れるシューズです!」
「死んじゃう!」
「そんなズルを考えるようなマラソン選手なんか死んだって誰も悲しんだりしませんよ。」

「悲しむでしょ!」
「僕は、死刑に値すると思いますけどね。」
「マラソン選手がマラソン大会中にタクシーを使ってズルする事がですか?」
「ええ、そうです。だって、マラソン選手なんですよ?」
「マラソン選手ですけど、死なない程度の電流でいいんじゃないんですか?」
「死なない程度の電流って事は、死なないんですよ?」
「はい。」
「死なないって事は、死なないんですよ?」
「そうですね。」
「死なないって分かったら、どんどんタクシー使ってズルしちゃうじゃないですか!」
「そんなにします?ズル?私、そんな光景見た事ないですけど?」
「小っちゃい大会だとみんなやってますよ!むしろスタートラインはタクシーで埋め尽くされちゃってますよ!」
「じゃあ、その時点で注意するか中止にしましょうよ。」
「小っちゃい大会と言っても開催されるまでに、どれだけの人の労力とお金が動いてると思ってるんですか!中止なんか出来ませんよ!だから、マラソン選手がマラソン大会中にタクシーを使ってズルしないシューズが必要なんです!」
「もうそこまで断言されちゃったら返す言葉もありませんよ。でも、そもそもが死ぬシューズを履かないんじゃないですか?」
「そこはあれですよ。そのシューズを履かないと大会に出場出来ない決まりにすればいいんです!」
「誰も出場しないんじゃないですか?」
「正義の心を持った選手は、思ってる以上に多いです!」
「でもですよ?実際には大会途中にタクシー使ってズルしないとしても大会途中にタクシー使ってズルしようかなって考えただけで死ぬレベルの電流が流れちゃうんですよね?」
「考える事自体が罪なんです!」
「いやだったらそれ、もっと別の方へ生かせるんじゃないですか?」
「殺人衝動とかイジメとか虐待とかって話ですか?」
「ええ、もちろん電流を弱めてですけど、色々な抑止力として活用出来ると思うんですけど?」
「運転手さん!!」
「は、はい。」
「僕は!マラソンシューズを作りたいんです!」
「わ、分かりました。分かりましたから落ち着いて下さい。ほら、目的地が見てえきました。あれ?」
「どうしたんです?」
「海岸のとこに人集りが見えますね。何かやってるんですかね?」
「そりゃあ、今日は、この辺りで小っちゃいマラソン大会が開催されてて、あそこがゴールなんだから人集りがあって当然です!」
「え!?もしかして!?」
「だから、当たらずも遠からずって言いましたよね?」
「えっ!?シューズ!?まさかそのシューズ!?」
「ああ!今回も失敗作だった!」
「失敗を喜びましょうよ!」

第六百二十二話
「雷王」

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2018年5月 2日 (水)

「第六百二十話」

 午前0時、無我夢中で走っていた私は、気付くと交番へ駆け込んでいた。
「ど、どうなさいました!?」
「お巡りさん!!」
「お、落ち着いて下さい!?」
「出たんですよ!!」
「出た?と、とにかく座って落ち着きましょう。」
そう言うと警察官は、私を椅子に座らせ、コップ一杯の水を持って来てくれた。私は、そのコップの水を一気に飲み干し、一度深呼吸をした。
「少しは落ち着きましたか?」
「ありがとうございます。」
「それで?一体どうしたんです?何が出たんです?」
「紫の化け物です!」
「紫の化け物!?」
「大きな紫の化け物が出たんです!もう少しで家に着くって時に!あの角を曲がればあと少しで愛する妻の待つ家に着くって時に!現れたんですよ!紫の化け物に!曲がり角を曲がったら目の前に大きな紫の化け物がいたんですよ!それからはもう!無我夢中で走って走って走って走って!気付くと交番でした!50を過ぎてまさか単なる会社員の自分が全力疾走するとは思いませんでしたよ!」
「酔ってます?」
「酔ってます!」
「酔ってんの!?どれぐらい酔ってます?」
「だいぶ酔ってます!」
「だいぶ酔ってんの!?」
「今もちょっとお巡りさんが複数に見えます!」
「紫の化け物に会って、走ってもまだ酔ってるって、だいぶもだいぶでしたね。」
「ええ、店を出て気付くと曲がり角ぐらいの感覚でしたからね!それはもう、だいぶもだいぶ酔ってましたね!」
「なら、安心して下さい。きっと大きな紫の化け物は、何かを見間違えたんですよ。」
「何と見間違えたって言うんですか!私は?」
「紫のキャラクターの看板とか?ですかね。」
「お巡りさん!物凄く酔ってても!看板と大きな紫の化け物を見間違える訳がありません!」
「焦点が複数に見えてる私の方を見ながら言われても説得力ありませんよ。」
「それに!見間違えじゃないって言えるのは!その大きな紫の化け物は、私を追い掛けて来たんですよ!看板のキャラクターが追い掛けますか?看板に描かれたキャラクターの類いなんかじゃない!あれは正真正銘の化け物だ!」
「分かりました。貴方が大きな紫の化け物に出会ったとしましょう。追い掛けられて走って逃げていたとしましょう。その結果、ここへ来たとしましょう。でもほら、どうです!もう、大きな紫の化け物はいません。安心して下さい。」
「安心なんか出来ませんよ!出来る訳がない!だって、化け物はここにいないだけで、この町のどこかにまだいるんですよ!お巡りさん!お願いします!」
「私にどうしろと言うんですか?」
「警察官なら!市民の安全安心!この町をあの化け物から守って下さいよ!」
「分かりました。では、家までお送りしましょう。」
「紫の化け物が現れたら!銃で応戦して下さいね!」
「もしも現れたら、そうします。」
「よし!なら、行きましょう!」
と、私が椅子から立ち上がろうとした瞬間、アイツはやって来た。
「アナタ?どうして逃げるの?」
「出たーっ!!化け物!!」
「貴女は、この人の奥さんですか?」
「ええ、そうです。帰りが遅いから、ちょっと家の前まで出てみたら、この人急に逃げ出すもので、追い掛けて来たんです。」
「旦那さん。いい奥さんで良かったじゃないですか。」
「お巡りさん!違う!コイツは、紫の化け物だ!」
「また酔っ払ってるのね。」
「だいぶ酔ってるみたいです。」
「ご迷惑お掛けして申し訳ありません。」
「いえいえ、じゃあ、旦那さん。お送りしますから、三人で帰りましょうか。」
「違う!コイツは、妻に姿形を変えた紫の化け物だ!」
「ちょっと旦那さん!?何をしてるんですか!?」
「銃を貸せ!!」
「アナタ、やめて!」
「手を放しなさい!」
「お巡りさん!アンタも喰われたいのか!貸せ!」
「旦那さん!」
「アナタ!」
「私に近付くな!近付いたら撃つ!」
「落ち着きましょう。旦那さん。」
「落ち着いて、アナタ。」
「うるさい!紫の化け物と紺の化け物め!」

第六百二十話
「この世は化け物だらけ」

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2018年4月25日 (水)

「第六百十九話」

「よし、これで準備完了だ。」
「よう!」
「編集長?お疲れ様です。どうしてここへ?」
「本当の本当に、お疲れ様だな。今日で、この出版社も終わりだ。アレが始まってから仲間と未知の脅威と戦って来た場所だからな。見納めだ。」
「そうですね。」
「で?最後の日だってのに、お前は何をしてるんだ?お前も最後の別れに浸ってたのか?」
「いえ、最後の日だからこそ、最後にやり残した仕事をするだけです。」
「仕事熱心だな。で?何をやり残したんだ?」
「編集長。」
「ん?」
「ある日を境に始まった謎の心臓発作、その真実にやっと辿り着いたんです。」
「本当か!?」
「裏は取れてます。だけど、まだ当事者のインタビューがまだです。なので、これから会いに行くところです。」
「そうか!で?その真実ってのは?」
「戻って来たら、全てを話します。」
「分かった。世界が待ち望んでたスクープだ。必ず戻って来いよ!」
「はい!待っていて下さい。」
「おう!行ってこい!」
「行ってきます!あ、編集長?」
「ん?」
「俺が戻るまで、絶対に人を殺したいって思わないで下さいね。」
「ん?どう言う意味だ?」
「約束ですからね!行ってきます!」
「お、おい!?」

第六百十九話
「人類絶滅中絶望進行中」

「よくここが分かったね。ジャーナリスト君。」
「博士。」
「真実に辿り着いたって顔だね。さすが、今のこの世界を生き抜いて来たジャーナリスト君だ。」
「ある日を境に人は、人を殺さなくなった。」
「平和じゃないか。」
「だけど、真実は違う。」
「違う?殺し合いのない世界こそが、世界が、人類が、望んだ平和だろ?」
「人が人を殺さなくなったんじゃない。人は、人を殺せなくなったんだ。」
「ゼロウイルス!」
「それがウイルスの名前か。」
「この世界から争い事を無くす為に研究開発したウイルスだ。」
「ゼロウイルス。」
「そう、争い事をゼロにする。そして、人から殺意をゼロにする。この世界が待ち望んでいたウイルスだ。」
「何が争い事をゼロにするだ!何が人から殺意をゼロにするだ!」

「事実、世界中に散布した後から現在に至るまで、人は人を殺していないだろ?」
「確かにそうだ。だが、ウイルスを世界中に散布した後から、謎の心臓発作によって多くの人が死んだ。」
「いつの時代も世界をよりよくする為には、多くの犠牲がつきものだ。心臓発作は、ゼロウイルスの副作用によるものだ。」
「副作用?」
「残念ながら、ゼロウイルスに適用出来なかったと言う事だ。そう言う事態は想定していたが、数は僕の想定を上回ってしまった。」
「上回ったじゃすまない数字だろ!人類は、絶滅寸前なんだぞ!」
「心が痛むよ。だが、絶滅寸前になって我々は真の世界平和を手に入れた。大きな犠牲ではあったが、これは大きな収穫でもある。」
「ふざけるな!そうやって茶番を続けてれば、そのうち俺が殺意を抱くと思ってるのか?言っただろ?人が人を殺さなくなったんじゃない。人は、人を殺せなくなったんだ、と。ゼロウイルスは、人から殺意をゼロにするウイルスなんかじゃない!人の殺意に反応して心臓発作を引き起こさせるウイルスだ!」
「なるほど。ジャーナリズムも侮れないものだな。だが、その真実に辿り着いてなお、僕とこうして対峙するのは、自殺行為ではないのか?」
「ジャーナリストがいちいち現場で殺意を芽生えさせてたら、仕事にならない。」
「なるほど。」
「だが、さっきの言葉、博士にも言えるんじゃないのか?」
「僕に?」
「真実を知る俺とこうして対峙する事は、博士!貴方にとっても自殺行為だ!」
「それもそうだね。真実を知るキミは、僕にしたら邪魔な存在でしかない。この世で一番殺したい人間だ。だが僕は死んでない。」
「さすがにウイルスの開発者って事か。平常心の塊なのか?それともストイック過ぎていかれたか?」
「違う違う。違うよ、ジャーナリスト君。僕は、ずーっとキミを殺したいと思ってるよ。キミの顔を見てからずっとだ。」
「笑えないジョークだな。さあ!こんな茶番劇は終わりにして、さっさとゼロウイルスのワクチンを開発するんだ!」
「ふふっ。」
「何がおかしい!」
「キミの辿り着いた真実の終着点が見えたからだよ。ジャーナリスト君。」
「何?」
「僕は、何一つジョークなど言っていない。今でもキミを殺したくて殺したくてたまらない。ウズウズしているよ。キミの存在が邪魔で邪魔で仕方ない。だけど、キミと僕とでは、決定的な違いがある。大きな違いがね。ジャーナリスト君?真実に辿り着いてからここへ来るべきだったね。」
「どう言う意味だ。」
「これが何か分かるかい?」
「まさか!?」
「ゼロウイルスのワクチン、ゼロワクチンだよ。そう、ワクチンは既に開発済みなのさ。そして、キミと僕との決定的な違いと言うのは、体内にゼロウイルスが存在している人間と存在していない人間と言う事だよ。悲しいものだね。真実とはいつも絶望と隣り合わせだ。」
「ちょっと待て!ウイルスのワクチンが存在してるのになぜ!それを全人類に使用しない!ゼロウイルスが失敗作だってのは初期段階で分かってたんだろ!だから、ワクチンが存在するんじゃないのか!」
「失敗作?失敗作!キミは、本当に僕に殺意を抱かせるのが得意なようだね。ゼロウイルスは失敗作などではない!」
「なら、どうしてワクチンが存在する!」
「僕が生き残る為に決まっているだろ?」
「何だと!?」
「ウイルス散布から現在までで人類がこれほどまでに生き残るとは、思わなかったよ。正直、僕の想定を上回った。人類も捨てたものではないのかもしれない。だけど、遅かれ速かれ人類は終わる。そうだろ?殺意を抱かずに生きていく事は、不可能だ。」
「そのワクチンがあれば終わらないだろ!」
「これは僕が生き残る為のワクチンだと言っただろ?最初にこの計画を世界から依頼された時、正直心の中で笑いが止まらなかったよ。だって、世界公認で人類を絶滅させる事が出来るんだからな!」
「狂ってる。」
「ジャーナリスト君!真実は僕が見届ける!だから、とっとと死んでしまえ!そろそろ気付いただろ?この研究室には、殺意を抱かせる細工が施されてるって事に!僕と対峙した時点で既に、キミの死は決定していたのさ!」
「ふざ・・け・・るな・・よ。」
「そう、それでいい。真の世界平和とは、人類絶滅!気付いているが誰もそれを実行しようとしないから、だから僕が実行してやったんだ!ジャーナリスト君?」
「・・・・・・・・・。」
「キミもこうして世界平和に貢献出来てよかったじゃないか。僕に殺意を抱く前に感謝して欲しかったものだね。さて、後はゆっくりと人類絶滅を傍観するとし」
「バン!」
「はあ?」
「言っただろ?ジャーナリストが現場でいちいち殺意を芽生えさせてたら、仕事にならない、と。」
「どう言う事だ!?殺意を抱かせないで、銃を撃つなんて!?」
「俺は始めから、アンタに殺意なんか無い。ただ、アンタを救いたいって気持ちで一杯だっただけだ。」
「それは・・・想定・・外だっ・・たね。」
「ワクチンは、もらって行くよ。博士。」
「・・・・・・・・・。」
「人は、人が思ってるより、世界の平和なんかを望んじゃいない。それがアンタの辿り着けなかった真実だよ。博士。」
「ガサガサガサ!」
「ん?ゴキブリ?全く、コイツらときたらアレだな。絶滅とは無縁なんだな。え!?そんなバカな!?人以外の殺意に対しては・・・まさか・・・ウイルスが進化・・・し・・・てる・・・これが・・・真実・・・編集・・・長。」

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2018年4月18日 (水)

「第六百十八話」

 人間の選択肢は全て正解である。
「その選択肢は、間違いかもしれないんだぞ?」
「俺は俺の決断を信じる!」
「本当にいいんだな?」
「ああ、これでいい。」

 

第六百十八話

「実は全ての決断に不正解は存在しないという」

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2018年4月11日 (水)

「第六百十七話」

「おい。」
「・・・・・・。」
少女はなぜ、降って来たのか?自殺か?いいや、そんな事は有り得ない。なぜなら、ここはマンションの屋上だからだ。このマンションの横に高層ビルでも存在していれば話は別だが、あいにくそんな建物は存在しない。
「一体どこから来た。」
「・・・・・・。」
確かに少女は、俺が見上げる空から降って来た。最初は隕石か飛行機の落下物か何かかと思ったが違った。
「まさか、人生の最期に、こんな出来事が待ち受けているとはな。」
「・・・・・・。」
全くこれだから人生は面白い。これは何かの啓示なのか?それとも何かの戒めなのか?だがしかし、俺に残された時間はもう絶望しか存在しない。
「・・・じゃあな。」
「・・・・・・。」
屋上の柵を乗り越え、数秒先の未来の自分の姿に重ね合わせるように少女の潰れた顔面に話し掛けると俺は、そのまま飛び降りた。

第六百十七話
「無理矢理に毒を飲まされて解毒剤を前に命懸けで捻り出した渾身のオチをご堪能あれ!」

「あのう?」
「はい?」
「これは一体?我が社が依頼したのは、新商品のヨーグルトのCMのはずですが?」
「もちろん新商品のヨーグルトのCMです。」
「出て来ました?新商品のヨーグルト?」
「マンションの屋上からはずっと新商品のヨーグルトの看板が見えてたはずですが?もしかして見逃しちゃいました?」
「軽く頭の中がパニックで全く入って来ませんでしたよ。」
「爆発的大ヒット間違いなしですね!」
「何で?いやもう、これは何のCMなんだか全く分からなくてダメですよ!」
「じゃあ、最後に男が屋上から飛び降りる瞬間に新商品のヨーグルトを一口食べさせましょう!で、美味い!と一言言ってから飛び降りる!これはもう爆発的大ヒット間違いなしですね!」
「何で?このシチュエーション自体がダメだって言ってるんですよ!分からないんですか?普通に男と少女がテーブルの上に置かれた新商品のヨーグルトを食べてる。それだけでいいんですよ!そう言うのでいいんですよ!」
「それは、つまらないでしょ!」
「つまらないくていいんです!シンプルでいいんですよ!」
「あっ!分かった!なら、こうしましょう!」
「いや、それ絶対分かってない!」
「死んでる少女から流れ出てる血をヨーグルトにしましょう!」
「分かってないじゃん!」
「爆発的大ヒット間違いなしですね!」
「いろんな方面から怒られて終わりだよ!」
「で、落下後の男からも血じゃなくてヨーグルトが流れ出てる!これはもう爆発的大ヒット間」
「帰れーっ!!」

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2018年4月 4日 (水)

「第六百十六話」

「ドンドンドン!」
ある朝、突然にドアが激しく叩かれた。
「ドンドンドン!」
「警察です!」
その主は、警察だった。俺は、当然のようにドアを開け、その場でしばらく会話を交わしたあと、定年間際の風貌な刑事を家の中へ招き入れた。
「妻が昨日から旅行で、こんな物しかありませんが、どうぞ。」
「ありがとうございます。どうぞお構いなく。」
俺は、テーブルの上にインスタントコーヒーが入ったカップを置き、刑事の前に座った。
「何か、取り調べみたいですね。」
「え?」
「ほら、ドラマや映画なんかでよくこうして刑事さんと向かい合わせのシーンを観るじゃないですか。」
「現実は、あんな感じではありませんよ。」
「そうなんですね。それも興味深い話ですけど、それで?その写真の二人組は、本当に殺し屋なんですか?」
「ええ。」
なぜ?刑事をわざわざ家の中まで招き入れたのか?俺は、ふいに玄関先の立ち話の最中に見せられたこの写真の二人組に興味が沸いたからだ。中年男性と幼い少女。こんな面白そうな案件を放っとく訳がない。誰だって興味をそそられる。そうだろ?
「で、このマンションの屋上が犯行現場って言うのも本当なんですか?」
「そうです。」
「そんなドラマや映画なんかでよく観るシチュエーションってあるんですね。」
「事実は小説より奇なり、です。」
「でも、不思議な組み合わせですよね?こっちの男の方が殺し屋ってのは、理解出来ます。見るからに殺し屋って感じですもんね。」
「私が知る限り最高のスナイパーです。」
「でも、こっちの少女も殺し屋っては、どうも信じられませんね。親子?もしくは、何らかの事情で生活を共にしている?少女が殺しに関わってるとは思えません。」
俺の興味を刑事にぶつけると、刑事は少し微笑んだ。
「ライフルによる遠隔射撃でもっとも重要な事は何だと思います?」
「もちろん、ライフルを扱う狙撃手の腕ですよね?」
「違います。」
「違うんですか!?なら、何がもっとも重要なんですか?」
「風です。」
「風、ですか?」
「遠隔射撃でもっと重要な事は、風を読む事です。詳しく理論を教えても簡単に理解出来ないと思いますが、弾丸ってのは風の影響を大きく受けてしまう。」
「そう言うもんなんですね。それで?その風とこの少女が大きく関係してるんですか?」
「絶対風感。」
「絶対風感?」
「我々は、そう呼んでいます。んまあ、簡単に言えば絶対音感の風版です。」
「なるほど。それで?」
「この少女には、分かるんですよ。風の流れが全て。なのでターゲットの急所を一発で仕留めるには、どの角度でどのタイミングでどの力で撃てばいいのかが分かってしまうんです。」
「なるほど!何か凄い話を聞かせてもらっちゃいました!」
すると刑事は、再び少し微笑んだ。
「それが目的だったのでしょ?」
「え?」
「そうじゃなきゃ、わざわざ警察を家の中まで招き入れたりなんかしない。朝から訪ねてくる警察なんてのは、適当にあしらうのが一番だ。」
「さすが刑事さんだ!でもね?招き入れたのは、それだけが理由じゃないんですよ?」
「と言うと?」
「監視カメラに二人組の姿は映ってなかった?屋上にも証拠はない。でも、状況的にみてこのマンションの屋上が間違いなく犯行現場。それで、こうして目撃者を探してるんじゃないんですか?」
「旦那さん。貴方、警察になった方がいい。」
「いやいや、こんなの隣の奥さんでも分かりますよ。」
「それでどうなんです?」
「見ましたよ。」
「見たんですか!?」
「ええ、確かにこの二人組でした。非常階段には、監視カメラの死角がありますからね。何度も管理会社には言ってるみたいなんですが、いまだに改善されてないみたいです。」
「その話を詳しく聞かせて下さい!」
少し前のめりになる刑事を見て、少し微笑みながら俺は、昨日の深夜の話を聞かせた。
「この二人組に間違いありません。」
「捜査にご協力ありがとうございました。」
二人組の存在に確証を得た刑事は、笑顔で握手を求めて来た。もちろん俺も笑顔でそれに応えた。風呂場に妻がバラバラになってるのも知らずに、笑顔で握手を求めて来た仕事熱心な刑事に、笑顔で応えた。

第六百十六話
「刑事の視線の直線上に風呂場あり」

 俺にしてみたら、俺の知らない真実なんてのは、どうだっていい。
「では、旦那さん。風呂場を見せてもらってもいいですか?」
「え!?なぜ、そんな事を言い出すんです?」
「朝から鬱陶しいだけの存在の刑事をわざわざ部屋に招き入れる者に出会ったのなら、風呂場を確認せよ。刑事の鉄則です。」
「そ、そんな鉄則があるんですか!?」
まさか!?スリリングを求め過ぎて裏目に出たのか?犯人の自己顕示欲を考慮したそんな鉄則が存在するとは!
「ありませんよ。そんな訳の分からない鉄則など。」
「じゃあ、何で風呂場なんか見たがるんですか?」
「いや、何て言うかそのほら、風呂場までのドアが全て開けっ放しで、ずっと奥さんと目が合っていたんですよ。」
「何だって!?」
「さあ、ここからは少し取り調べを始めましょうか。」
「おっちょこちょい出ちゃったーっ!!」

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2018年3月28日 (水)

「第六百十五話」

「先生?この状況は、一体何なんですか?」
「海だよ。」
「それは分かりますよ。」
「体育座りで夕陽が赤く染める海を眺める短編小説家と出版社の女だよ。」
「だから、そんな事は分かってますよ。そう言う事じゃなくて、何でこの状況になってるのかの説明を求めてるんですよ。」
「短編小説家と言ったら、海だろ?」
「そんな事はないでしょ。短編小説家と言ったら何々なんてそもそもないじゃないですか。強いて言うなら、SFですか?」
「漠然としてるな!」
「海よりカテゴライズされてるでしょ!てか、先生?アタシは、作品が出来たから取りに来てくれって連絡を受けて先生の家に行ったら玄関のドアに、ここの地図が貼ってあってわざわざ来たんですよ。」
「ご苦労!」
「いや、労いは作品を渡してから言って下さい。」
「こうして海を眺めてると、人生って何なんだろうって考えさせられるな。」
「何ですか?今回は、海をテーマにした作品なんですか?」
「幸福も不幸も、希望も絶望も、生も死も、全てがどうだっていいやって気になるな。人々の数だけ闇がある。人々は闇を心の中に隠しながら光の中で日常生活を過ごしてる。でも、こうして夕陽が赤く染める海を眺めてると、何だかんだで、平等なんだなって気になるな。」
「すいません。ちょっといいですか?え?何?何で夕陽が赤く染める海を眺めながら哲学的な事を言ってるんですか?」
「刹那感!」
「せつなかん?」
「人はもっと刹那感を持って生きて行くべきだ!」
「どう言う意味ですか?あのう?とりあえず完成した原稿を?」
「明日、自分は死ぬかもしれない。いや、数時間後には、数十分後には、いやいや、七秒後の未来には死んでるかもしれない!そう言う価値観で生きて行けば、もっと目の前の今の人生が素晴らしいモノになるんじゃなかろうか?」
「そんな面倒臭くて現実味のない感覚で生きて行けませんよ。」
「現実味がない?だがしかし人はいつか死ぬ!」
「そうかもしれないですけど、目に見えない死と言うモノを意識しながら生きて行くのは、しんどいですって話ですよ。」
「俺達だって今日、無事に家に帰れる保証はない!」
「保証はありませんが、アタシはそう言う気持ちで生きてます。」
「だからダメなんだよ!」
「何ですか急に!?何で頭ごなしに否定されなきゃならないんですか!」
「だから、美人ってだけで取り柄と言ったら足が速いだけのお前はダメなんだよ!」
「それ関係ないでしょ!と言うか、早く完成した原稿を渡して下さいよ!何に付き合わされてるんですか?アタシは!」
「刹那感!」
「分かりましたよ!先生は先生で刹那感で生きて行けばいいじゃないですか!それとも?今回の作品は、その刹那感とこの海がテーマなんですか?だとしたら、わざわざこんなとこに呼び出したりしないで、家で説明してくれればいいじゃないですか。」
「いや、海に来たのは、ただただ気付いたらこうして体育座りで海を眺めてたからだ。」
「それダメなヤツじゃん!仕事に行こうと電車に乗って気付いたら海!って、パターンの人生に疲れちゃった的なヤツじゃないですか!絶対的に命の洗濯が必要なヤツじゃないですか!」
「疲れちゃったのかな?俺。」
「俺、疲れちゃってないでしょ!気付いたら海パターンの人は、本当に気付いたら海なんですよ!先生は、意図的に海に来てますよね?玄関のドアに貼り紙までして、意図的に来てますよね!」
「でも、本当に気付いたら海だったんだ!」
「寝たからでしょ!それは電車の中で寝てたからでしょ!別の意味の気付いたら海パターンのヤツじゃん!徐々に海に近付いて行くワクワク感を楽しめなかったパターンのヤツじゃん!」
「で?お前はなぜ、俺の横で体育座り?」
「ぶっ飛ばしますよ?」
「刹那感!」
「殺しませんよ!」
「確かに、ワカメでぶっ飛ばされたとこで、死にはしない。だがな!ワカメでぶっ飛ばされても当たり所が悪かったら死ぬんだぞ!」
「何でアタシがワカメでぶっ飛ばさなきゃならないんですか!」
「ある登山家がこう言った。」
「そこに山があるから、ですか?」
「言うなよー!それ先に言うかー!言わないだろ!普通!」
「いやちょっともう、いい加減にしてくれますか?訳が分からないんですよ!意味不明な言葉を羅列して列挙されて頭の中が酔って気持ち悪いんですよ!さっさと完成した原稿を渡してくれませんか?」
「ん。」
「何で海を指差してるんですか?まさか、この海が作品なんて突拍子もない事を言うんじゃないでしょうね!」
「そんな突拍子もない事を言う訳がないだろ!」
「先生なら言うでしょ!じゃあ、何で海を指差してるんですか?」
「そこに完成した原稿があるから。」
「捨てたのかーっ!」
「まあ、捨てたと言うか、陶芸家がやるアレだよ。」
「自宅のゴミ箱でやれ!」
「いやほら、山がテーマの作品だったからさ。何か海を眺めながら読み返してたら違うなってなっちゃって、つい!」
「だったら山へ行け!何で山をテーマの作品を書いて海に来るんですか!バカなんですか?いや、違う。わざとですよね?これ全部、わざとやってますよね?先生?本当は、作品なんて完成してないんじゃないんですか?それを誤魔化す為にわざわざこんな事をしてるんじゃないんですか?」
「何で海に波が立つか知ってるか?それは、反対側から大きな人が押してるからなんだぞ?」
「近くにホテルがありましたよね?今すぐ!書き上げてもらいますからね!」
「お化け怖い。」
「今日中にお願いしますよ!と言うか、完成するまで缶詰めですからね!ほら!行きますよ!」
「替えの下着ない。」
「アタシもないですよ!」
「汚ねぇ!」
「誰のせいだと思ってるんですか!途中で買いますよ!」
「経費?」
「先生は自腹です!」
「ええーっ!」
「ええー、じゃない!」
「お得なプランとかあるかな?」
「何で満喫しようとしてるんですか?」
「イベントとか開催されてるかな?」
「だから、何で満喫しようとしてるんですか?さっさと歩いて下さい!」
「助けてー!」
「叫ばない!助けて欲しいのはアタシの方ですよ!」
「見よ!」
「え?」
「夕陽が沈む海は、絶景だな。」
「そうですね。」
「明日も見たいな。」
「見るなら一人で見て下さい!ほら、歩く!」
「はい。」

六百十五話
「短編小説家、別荘買うってよ」

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2018年3月21日 (水)

「第六百十四話」

「聞いてみるか?だが、どうやって?」
この心地良い広さの心地良い喫茶店に来て、マスターの淹れる心地良いコーヒーをさまざまな人間賛歌が飛び交う中で堪能する。それが週末の朝の俺のストレス発散法だ。だが、今日は違った。俺がマスターの店に入ると既にそのスーツケースの男はカウンター席で、スクランブルエッグとコーヒーを堪能していた。俺は特に気にする事もなく、いつもの窓側のテーブル席に座り、いつもの心地良いコーヒーを注文した。しばらく他の客の会話に耳をやり、窓の外の人間賛歌を垣間見ながら、ふと俺はカウンターのスーツケースの男が気になり、何気なく目を向けた。黒のスーツに黒のパンツ、黒いコートと黒い帽子を隣の席に置き、黒いスーツケースは足元にある。特に気にする事もない出で立ちだが、何かが違和感だった。何だ?何がそんなに気になる?そう、自問自答しながら俺はスーツケースに目を向けた。
「!?」
今のは何だ!?夢か?幻か?俺には、一瞬そのスーツケースの中に若い女性の死体が入ってるビジョンがレントゲン写真のように見えた。いや、いやいやいや、そんなはずはない。そんな訳がない。人を殺してスーツケースに入れた人間が、朝からスクランブルエッグとコーヒーを喫茶店で堪能なんかするか?俺ならしない!そんなバカな話がある訳がない!ない、絶対にない。そうやって、自分の気持ちを落ち着かせようとすればするほど、さっき見えたビジョンが生々しく頭の中でリフレインする。
「聞いてみるか?だが、どうやって?」
今日この喫茶店に来てからの事をダイジェストに思い出しながら俺は、味のしないコーヒーを口に運び、窓の外を見ていた。いや、実際には窓ガラス越しに店内のあの男のスーツケースを凝視していた。考えてもみろ?仮にあのスーツケースの中身が若い女性の死体だとしてだ。だから何だって言うんだ?だってそうだろ?別に自分に関係のある人間が殺された訳じゃない。それに、あの男が殺した訳でもないかもしれない。あの男自身も誰か別の人間に頼まれて、あのスーツケースをどこかに運ぶ途中なのかもしれない。その途中でこの喫茶店に立ち寄り、スクランブルエッグとコーヒーを堪能しているのかもれない。いやむしろ、中身を知らないからこそ、そうなのかもしれない。そうだな。それがもっともしっくりくる。
「今日は冷えるね。」
「えっ!?あ、ああ、こんな日は、マスターが淹れるコーヒーに助けられてるよ。」
「心にもない事をいいやがって!」
「いや、本当さ。」
マスターは、気付いてない。気付いているんだとしたら、俺にあんな普通に話し掛けては来られない。そもそもマスターの性格なら、とっくに警察を呼んでいるはずだ。
「!?」
マスターとの会話を終え、ふとその視線を何気なくスーツケースの男の方に向けると、男はコーヒーカップを持ち上げ、笑みを浮かべて軽く会釈をした。俺も手にしていたコーヒーカップを少し上げ、笑顔で軽く会釈を返し、視線を窓の外へ向けた。
「気付いた事を気付かれたのか?」
いやいやいや、考え過ぎだ!何にどうスーツケースの男が気付くって言うんだ!今のは、マスターとの会話を聞いた男が、そうですよね的な無言の同意を示したまでだ。そう、こう言う店でありがちな客同士のアイコンタクトみたいなもんだ。それに、さっきも考えた事だが、仮にあのスーツケースの中身が若い女性の死体だとして、俺には何の関係もない事なんだ。そもそもあのスーツケースの中身が何であっても全く俺の明日からの人生には影響はない。むしろここでスーツケースの男と会話してしまった方がトラブルの始まりだ!ここは、いつも通りに過ごすのが一番だ。いつも通り、窓の外の人間賛歌を垣間見ながら、店内の会話を堪・・・って何だと!?やけに店内が静かで、珍しくマスターが話し掛けて来たかと思ったら、店内には今、俺とマスターとスーツケースの男しかいないじゃないか!?
「落ち着け、落ち着くんだ。」
そう、落ち着こう。少し落ち着いて考えてみろ。そう、息を吸って、目を瞑ってゆっくり開けて、息を吐く。そもそもスーツケースの中身が若い女性の死体な訳がない。あのビジョンも何かの間違いだ。日常に非日常の刺激を欲する悪い癖が見せたビジョンだ。実際には、見えていない。頭の中でそうだったら何か刺激的だなと思っただけだ。そう、俺は暇なんだ!暇過ぎて暇過ぎて、どうしようもないだけだ!
「お先に。」
「え?」
気付くとスーツケースの男が帽子を少し上げ、笑顔で軽く会釈をしながら話し掛けていた。俺もそれに答えるように、軽い会釈で返した。そしてスーツケースの男はスーツケースと共に、俺の横を通り過ぎて店を出て行こうとしていた。
「そのスーツケースの中に女の死体が入ってる!!」
気付くと俺は、席を立って言葉を口にしていた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
ああ、どうやらまた、やってしまったようだ。

第六百十四話
スーツケース病」

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2018年3月14日 (水)

「第六百十三話」

「医療ミス!?」
「ば、馬鹿!声がデカい!」
とある病院のとある一室で男性医師二人がだいぶ遅めの昼食を取りながら何やら焦臭い会話をしている。
「お前、医療ミスって一体どんな医療ミスしでかしたんだよ。」
「手術でミスした。」
「どんな!」
「臓器を全部摘出しちゃったんだよ。」
「はあ?何だよ!ジョークかよ!驚いて損したぁ!」
「ジョークなんかじゃない!」
「ジョークなんかじゃなかったら、臓器を全部摘出したって何だよ!臓器を全部摘出しちゃったんだよってさ!そんな医療ミス有り得ないだろ!」
「でも、そうしろって言われたんだよ。」
「そんな訳ないだろ!」
「でも、確かに手術室入る前にそう言われたんだよ。」
「誰に!」
「誰とかそう言う問題じゃなくて、そう言う言われたんだよ。」
「誰とかそう言う問題だろ、これは!いや、そもそもがそんな指示を出す医師はいない!で、仮に誰かが、臓器を全部摘出しろって言ったんだとしても、それを実行する医師もまたいない!」
「医療ミスだよ。医療ミス。」
「頭抱えて医療ミスだよって言ってるレベルの医療ミスじゃないだろ!こんなの手術じゃなくて解剖だよ!解剖!」
「いやでも、手術自体は成功したんだよ。」
「臓器を全部摘出して何をもってそんな純真無垢な笑顔で手術成功と言えるんだよ!」
「右手の小指の骨折の手術のだよ!」
「何で臓器を全部摘出しといて右手の小指の骨折の手術の成功をキレながら言えるんだよ!お前は、右手の小指を骨折した患者の臓器を全部摘出して殺してんだぞ!」
「え?殺してないよ?」
「はあ?死んでないのか?」
「死んでないよ。今は麻酔で眠ってる。」
「逆に何で死んでないんだよ!臓器を全部摘出しちゃってんのに!何の話が展開されてんだよ、今!ここはどんな異空間に支配されてれんだよ!」
「臓器を全部摘出しちゃったのは事実だけど、その後これは医療ミスだって気付いて、摘出しちゃった臓器を全部元に戻しちゃった。」
「パスルゲーム感覚じゃん!」
「記憶力が人並み外れてて良かった!記憶力だけでここまでやって来た甲斐があったよ!」
「技術がモノを言う世界で、よくもそんな自慢気に語れるな!てか、その患者は本当に生きてんのか?」
「ああ、パズルさんは生きてる!手術前と手術後の数値に何ら変化はない。」
「あだ名付けちゃってんじゃんか!いやでも、絶対に何か後遺症が出て来るぞ?」
「右手の小指の骨折の手術自体は大成功したんだ!後はパズルさんがリハビリをどれだけ頑張るかだ!」
「そっちの心配なんかこれっぽっちもしてねぇっての!パズルさんのパズルさんたる由縁の心配だ!」
「摘出しちゃった臓器は全部完璧に元通りにしたんだ!何も心配する事はない!まあただ心配な事が一つあるとすればだな?」
「一つしかないのかよ!」
「パズルさんが目を覚ました時にだよ?右手の小指の手術って聞いてたのに、首から下腹部に掛けての長い一本傷があるって事にいちゃもんつけて来ないかが心配。」
「そんなの絶対に何か聞いて来るに決まってんだろ!」
「パズルさんが細かい事を気にしない性格に賭けるしかないな!」
「細かい事じゃ済まされないポイントだろ!気にしたくなくても気になるよ!だって絶対スゲェ痛いぜ?」
「白々しく前からありましたよ?とか言って誤魔化せないかな?」
「お前それ、本気で言ってんのか?真新しい傷をそんな風に捉えられる訳がないだろ!いや、それ以前に全世界が証人だろ!」
「よし!じゃあ、ちょっと脳をいじって来る!」
「何考えてんだよ!」
「ジョークだよ。ジョーク。」
「ジョークでも言っちゃダメなヤツだろ!それ!」
「素直に謝るよ。」
「それしかないな。」
「パズルさんに。」
「それは口が裂けても言うなよ!」

第六百十三話
早右手の小指動かしワールドチャンピオンの悲劇」

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